Sustainable Japan | 世界のサステナビリティ・ESG投資・SDGs

【レポーティング】サステナビリティ(CSR)報告ガイドラインを主導するグローバル機関

サステナビリティ・CSR報告ガイドラインのカオスマップ - Sustainability-related guidelines chaos map
(図)サステナビリティ報告ガイドライン カオスマップ。Sustainable Japan作成。

複雑化するサステナビリティ(CSR)ガイドライン

 サステナビリティ報告やCSR報告を担当する方々からよく受ける質問があります。「一体、どのガイドラインを参照すれば良いのか」。実はこの種類の問いは非常に回答に窮します。もちろん、有名なガイドラインはあります。例えばGRI、サステナビリティ報告についての包括的なガイドラインと言っても過言ではなく、先進国・新興国問わず世界中で参照されています。しかしながら、当サイトSustainable Japanでは日々GRI以外の多の多くのガイドラインについてもご紹介をしています。ISOが定めたISO26001、温室効果ガス算出方法で有名なガイドラインのCDP、紛争鉱物報告ガイドラインを制定しているcfsi、財務情報と非財務情報の統合を試みる<IR>などなど。これらのガイドラインを全体として公式に統括する機関は今のところ存在していません。それぞれの機関はお互いに連携をしつつも、独立した動きを見せ発展してきています。こうした体系的に整理されずにルールやガイドラインが増殖していく動きは、中央政府の省庁が一元的にルールを管理する傾向の強い日本にはあまり馴染みのない状態です。整理されないルール増殖というのは悲観すべきなのかもしれませんが、それだけ今サステナビリティ報告や非財務情報報告の領域は急速に発展してきていることの証左でもあります。産業革命やIT革命の際に数多の技術が一度に勃興してきたように、サステナビリティや企業情報開示の分野も今まさに革命期にあると言うことができるでしょう。正直、この領域の専門家でない限り、全ての動きに日々目を向けていくのは非現実的です。ですので、今回は、いまこうしてますます複雑化していくサステナビリティ報告ガイドラインの状況を俯瞰的にまとめてお伝えしていきます。

GRI 〜サステナビリティ報告ガイドラインの中心的存在〜

 GRIとは現在世界で最も普及しているサステナビリティ報告書ガイドラインを制定しているNPOです。本部はオランダのアムステルダムにありますが、GRIの発端は、米国ボストンに本部を置くNPO “CERES”が1990年代に環境報告ガイドラインを策定するために立ち上げた部署「‘Global Reporting Initiative’ project department」にあります。GRIは当初、環境だけに主眼を置いていましたが、すぐにマルチステークホルダーの概念を取り入れ、環境以外の分野もガイドラインの対象に含めていきます。そして、1997年にはGRIはCERESから独立し、2000年にはGRIガイドラインの初版を発行するに至ります。

 環境から人権、消費者対応、ガイドラインまで幅広い概念を包括するサステナビリティ報告において、GRIがそのガイドラインの中心にいる様子は、冒頭のカオスマップからも読み取れます。GRIは、1976年のOECD多国籍企業行動指針、1999年の世界経済フォーラムで提唱された「国連グローバル・コンパクト(UNGC)」など既存の有名なガイドラインの要素を取り入れ、さらに2003年に地球温暖化防止に向けて金融機関と事業会社が中心となってロンドンで設立されたCDP (Carbon Disclosure Project)や、電気機器業界が中心となって制定した電子業界行動規範(EICC)など産業界の自主的なアクションとも連携を深めていきます。こうして、国際機関、金融機関、産業界、そしてNGOの声が一堂に会する場となったGRIは、今日まで第4版までガイドラインの更新を続けており、名実ともにサステナビリティ報告の中心的存在となっています。

国際機関 〜専門分野のガイドライン制定を牽引〜

 GRIが包括的なガイドラインの制定機関として君臨する一方、個別分野のガイドラインはそれぞれの領域で個別に進化する傾向にあります。その中で専門性を発揮し全体の取りまとめ役として機能しているのが国際機関です。とりわけ、「国連機関」と呼ばれる国連と連携関係にある国際機関が主導的な役割を担っています。

 国連環境計画(UNEP)は、1972年にケニア・ナイロビに設立された国連機関です。オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書、生物の多様性に関する条約、有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約など数多くの環境条約の事務局を務め、各国政府に対して政府調達のサステナビリティを呼びかける「サステナブル公共調達ガイドライン」や国連自身の環境サステナビリティを高めるためのガイドラインも発表しています。

 国連開発計画(UNDP)は、1965年にニューヨークの国連本部に設立された国連機関です。貧困削減をメインミッションとして掲げる同機関は、腐敗撲滅、HIV対策など、貧困地域における人間社会の援助へと活動の範囲を広げてきました。2015年にはUNDP’s Social and Environmental Standardsを制定し、同機関が係るプロジェクトに対して社会・環境サステナビリティの観点での基準を定めています。

 国連人権理事会(UNHRC)は、国際人権法の最も根幹を成す国連人権規約の事務局の役割をなす国連機関です。2006年に前身の国連人権委員会から改組・発展して誕生しました。日本ではコーポレート・サステナビリティの文脈で人権が取り扱われることは少ないですが、欧米や新興国では人権はホットなテーマであり、人権に関するガイドラインの制定時にはUNHRCが関与してくることが多くあります。

 国際労働機関(ILO)も、近年、従業員の安全衛生、ダイバーシティ、児童労働などの分野でガイドラインを制定しており注目を集めています。とりわけ、「労働安全衛生マネジメントシステム」(OSHMS)や「雇用政策におけるジェンダー平等実現へのガイドライン」は有名です。また、児童労働については、最低年齢条約(ILO 第138号条約)、最悪の形態の児童労働条約(ILO 第182号条約)、児童の権利に関する条約という国際条約も所管しています。また、「児童の権利に関する条約(通称・子どもの権利条約)」を所管している国連児童基金(UNICEF)は、児童保護に関する国際的NGOであるセーブ・ザ・チルドレン、国連グローバル・コンパクトと共同で、「子どもの権利とビジネス原則」を発表し、上記のILO条約の内容も含めた上でのガイドラインとなっています。

 それ以外にも、国連食糧農業機関(FAO)は持続可能な漁業に関するガイドラインを制定、世界銀行は世銀のプロジェクトに適用されるIFCパフォーマンススタンダード(PS)と世界銀行グループEHS(環境・衛生・安全)ガイドラインを制定しています。また、パンダのマークでお馴染みの世界自然保護基金(WFF)は国際機関ではなく、世界最大規模の国際的環境NGOですが、FSC森林認証制度、MSCエコラベル、パーム油を認証する「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO)、大豆の持続可能な生産を推進する「責任ある大豆に関する円卓会議」(RTRS)などを立ち上げており、専門分野のガイドライン制定する主要なプレーヤーとなっています。

 国連の全加盟国と23の専門機関は、2000年にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基に、2015年までの達成目標「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)」をまとめました。欧米先進国企業のサステナビリティにおいて、自社の社会価値や環境価値を測定する上で、MDGsで掲げられたテーマは数多く引用されています。

CDSB 〜気候変動関連の情報開示の旗手〜

 1992年のリオ・サミット、1997年の京都議定書を契機に耳目を集めてきた気候変動リスク。今日まで、気候変動に関わるリスク測定や情報開示のルールづくりに向けて、政府レベル、企業レベル、NGOレベルで様々な機関が設立されてきましたが、それら主要機関全体をとりまとめる組織として2007年に設立されたのがClimate Disclosure Standards Board(CDSB、気候変動開示基準委員会)です。CDSBは2010年9月に、気候変動に関する報告についてのフレームワークとなる「Climate Change Reporting Framework」の初版を、2012年10月に第1.1版を発表しています。CDSBには以下8つの機関が結集し、各機関の代表によって理事会が構成されています。

  1. CDP(Carbon Disclosure Project):CDSBの中心機関。2000年にロンドンで設立。機関投資家が自発的に創設。
  2. Ceres:1989年にボストンで設立。GRIの生みの親。
  3. IETA(International Emissions Trading Association):1999年に設立。世界7ヶ所に本部。温室効果ガス排出権取引の枠組み作り。
  4. WBCSD(World Business Council for Sustainable Development):1992年にジュネーブで設立。持続可能な開発に向けてグローバル企業CEOが自発的に創設。
  5. The Climate Group:2004年にロンドンで設立。再生可能エネルギーを推進する国際的NGO。グローバル企業が多数加盟。
  6. The Climate Registry:2007年にロサンゼルスで設立。温室効果ガス排出量の測定を検討。米国・カナダ・メキシコの州政府が加盟。
  7. World Resources Institute:1982設立の国際的NGO。自然資本の管理方法を検討する研究者・専門家集団。
  8. Wold Economic Forum(ダボス会議):1971設立のスイスのNGO。世界中のリーダーが集うグローバル会議を毎年主催

Natural Capital Coalition 〜自然資本という概念の創り手〜

 環境分野で一足早く温室効果ガス排出量削減の動きが始まったのに対し、「自然資本」という概念を用いて、より包括的に環境イシューに立ち向かおうという新しい流れを作り出しているのがNatural Capital Coalitionです。Natural Capital Coalitionは、もともと2012年にシンガポールで設立されたThe Economics of Ecosystems and Biodiversity for Business Coalition (TEEB)を前身とし、2014年に改名して生まれたNGOです。設立にはFAO、世界銀行などの国連機関、WWF、WBCSD、BSRなどのNGO、ICAEW(イングランド・ウェールズ勅許会計士協会)、IFAC(国際会計士連盟)、CIMA(英国の勅許管理会計士連盟)などの国際的な企業会計コミュニティーが加わり、企業会計に自然資本を位置づけるという壮大なミッションを掲げています。

BSR、EICC、GeSI 〜企業の自発的な規範作り〜

 GRI、CDSB、Natural Capital Coalitionが、国際機関やNGOがコアとなって設立されてきたのに対し、企業が規範作りの中心となり、自発的に業界全体のあり方を検討している機関もあります。BSR(Business for Social Responsibility)は、アメリカを中心に活動をしている国際的なNGOで、影響力の強い企業が集って産業界のあり方を自発的に生成していくプラットフォームの役割を果たしています。BSRは、1992年のリオ・サミットを機に設立され、今では250以上の企業が会員として参加しています。BSRは、各業界・各職種ごとにディスカッションチームを設け、コーポレート・サステナビリティ向上に向けたガイドラインや業界ルールを検討しています。

 EICC(Electronic Industry Citizenship Coalition、電子業界行動規範)は、2004年にHP、IBM,DELLなどが中心となって設立した業界団体で、本部は米国ヴァージニア州にあります。EICCは、同団体が発行している業界ガイドラインの名前でもあり、この規範としてEICCは、労働慣行や環境保全を意識したCSR調達のあり方に関するルール作りを進めています。また、GeSI(Global e-Sustainability Initiative)は、2001年に情報通信業界の企業が中心となって設立された組織で、EICCと同様に社会・環境価値を考慮した事業活動を推進するためのガイドラインを制定しています。EICCとGeSIは紛争鉱物に関するガイドラインを制定するため、2008年にCFSI(Conflict-Free Sourcing Initiative)を設立しました。

 企業の労働慣行の改善に取り組む機関として著名なものには、SAI(Social Accountability International)があります。SAIには、グローバル企業が多数加盟しており、ILO諸条約と国連グローバル・コンパクトに基づく労働慣行ガイドライン「SA8000」を発行しています。

IIRC 〜全てを統合するもの〜

 上記で解説してきた非財務情報報告ガイドラインと、伝統的な財務情報報告ルールの双方を、まさに統合するトレンドを作り出しているのがIIRC(International Integrated Reporting Council)です。IIRCは、2010年に、The Prince’s Accounting for Sustainability Project(A4S)やGRIなどの団体が、財務・非財務情報開示を統合させるフレームワークを開発するために、ロンドンで発足しました。現在、Corporate Reporting Dialogueという諸団体が結集する会議体を設け、GRI、SASB(米国でのサステナビリティ報告の基準作りを主導。情報開示を米国連邦法で法定義務化させることを目指す)、ISO、CDSBという非財務情報開示のガイドライン主導機関の他、国際的な会計基準となりつつあるIFRSを司るIASB(International Accounting Standards Board、国際会計基準審議会)、アメリカの会計基準USGAAPを司るFASB(Financial Accounting Standards Board、財務会計基準審議会)、国際的な公会計基準の検討を進めるIFAC(国際会計士連盟)の下部機関、IPSASB(International Public Sector Accounting Standards Board、国際公会計基準審議会)が会議メンバーとして参画しています。IIRCはそれ以外にも、自然資本の分野でリードするNatural Capital Coalition、会計基準の分野で世界をリードしてきたイギリスの会計団体の一つCIPFA(英国の勅許公共財務会計士連盟)、知的資本の枠組みを検討してきたWICI(World Intellectual Capital Initiative)とも提携し、IIRCが掲げる6つの資本「財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本」をひとつの枠組みの中に位置づけていく力強い動きを見せています。

 IIRCが進める統合報告の動きの周囲には、世界主要国の金融監督機関が集うFSB(Financial Stability Board)、世界の主要証券取引所が集うWFE(World Federation of Exchanges、国際取引所連合)など金融当局が、統合報告が掲げる統合的なリスク管理や情報開示ルール制定の動きがあります。また、非財務の財務的価値やリターンを測定するための動きとして、イギリス財務省が進めるCost-Benefit Analysis(費用便益分析)とCost-Effectiveness Analysis(費用効果分析)、SIAA(Social Impact Analysts Association)が提唱するSROIなども企業会計の世界に議論が及びぶことが予想されます。

 冒頭でも述べましたが、各ガイドラインは、全体として融合する動きと、それぞれの専門分野で独自に発展する動きが、双方同時に起こっています。各機関の動きは、日本政府や日本経団連でも全貌を常時キャッチアップしているとは言いがたく、企業は自らのリスクを自らマネージする必要性に駆られています。複雑化するガイドラインですが、その中でもやはり注目すべきは全てガイドラインを一元的に包括しようとするIIRCの動きといっても過言ではないでしょう。当サイトSustainable Japanでは、IIRCの動きはもちろんのこと、それぞれの機関のガイドラインの動きについても常にウォッチしていきます。

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(図)サステナビリティ報告ガイドライン カオスマップ。Sustainable Japan作成。

複雑化するサステナビリティ(CSR)ガイドライン

 サステナビリティ報告やCSR報告を担当する方々からよく受ける質問があります。「一体、どのガイドラインを参照すれば良いのか」。実はこの種類の問いは非常に回答に窮します。もちろん、有名なガイドラインはあります。例えばGRI、サステナビリティ報告についての包括的なガイドラインと言っても過言ではなく、先進国・新興国問わず世界中で参照されています。しかしながら、当サイトSustainable Japanでは日々GRI以外の多の多くのガイドラインについてもご紹介をしています。ISOが定めたISO26001、温室効果ガス算出方法で有名なガイドラインのCDP、紛争鉱物報告ガイドラインを制定しているcfsi、財務情報と非財務情報の統合を試みる<IR>などなど。これらのガイドラインを全体として公式に統括する機関は今のところ存在していません。それぞれの機関はお互いに連携をしつつも、独立した動きを見せ発展してきています。こうした体系的に整理されずにルールやガイドラインが増殖していく動きは、中央政府の省庁が一元的にルールを管理する傾向の強い日本にはあまり馴染みのない状態です。整理されないルール増殖というのは悲観すべきなのかもしれませんが、それだけ今サステナビリティ報告や非財務情報報告の領域は急速に発展してきていることの証左でもあります。産業革命やIT革命の際に数多の技術が一度に勃興してきたように、サステナビリティや企業情報開示の分野も今まさに革命期にあると言うことができるでしょう。正直、この領域の専門家でない限り、全ての動きに日々目を向けていくのは非現実的です。ですので、今回は、いまこうしてますます複雑化していくサステナビリティ報告ガイドラインの状況を俯瞰的にまとめてお伝えしていきます。

GRI 〜サステナビリティ報告ガイドラインの中心的存在〜

 GRIとは

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複雑化するサステナビリティ(CSR)ガイドライン

 サステナビリティ報告やCSR報告を担当する方々からよく受ける質問があります。「一体、どのガイドラインを参照すれば良いのか」。実はこの種類の問いは非常に回答に窮します。もちろん、有名なガイドラインはあります。例えばGRI、サステナビリティ報告についての包括的なガイドラインと言っても過言ではなく、先進国・新興国問わず世界中で参照されています。しかしながら、当サイトSustainable Japanでは日々GRI以外の多の多くのガイドラインについてもご紹介をしています。ISOが定めたISO26001、温室効果ガス算出方法で有名なガイドラインのCDP、紛争鉱物報告ガイドラインを制定しているcfsi、財務情報と非財務情報の統合を試みる<IR>などなど。これらのガイドラインを全体として公式に統括する機関は今のところ存在していません。それぞれの機関はお互いに連携をしつつも、独立した動きを見せ発展してきています。こうした体系的に整理されずにルールやガイドラインが増殖していく動きは、中央政府の省庁が一元的にルールを管理する傾向の強い日本にはあまり馴染みのない状態です。整理されないルール増殖というのは悲観すべきなのかもしれませんが、それだけ今サステナビリティ報告や非財務情報報告の領域は急速に発展してきていることの証左でもあります。産業革命やIT革命の際に数多の技術が一度に勃興してきたように、サステナビリティや企業情報開示の分野も今まさに革命期にあると言うことができるでしょう。正直、この領域の専門家でない限り、全ての動きに日々目を向けていくのは非現実的です。ですので、今回は、いまこうしてますます複雑化していくサステナビリティ報告ガイドラインの状況を俯瞰的にまとめてお伝えしていきます。

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複雑化するサステナビリティ(CSR)ガイドライン

 サステナビリティ報告やCSR報告を担当する方々からよく受ける質問があります。「一体、どのガイドラインを参照すれば良いのか」。実はこの種類の問いは非常に回答に窮します。もちろん、有名なガイドラインはあります。例えばGRI、サステナビリティ報告についての包括的なガイドラインと言っても過言ではなく、先進国・新興国問わず世界中で参照されています。しかしながら、当サイトSustainable Japanでは日々GRI以外の多の多くのガイドラインについてもご紹介をしています。ISOが定めたISO26001、温室効果ガス算出方法で有名なガイドラインのCDP、紛争鉱物報告ガイドラインを制定しているcfsi、財務情報と非財務情報の統合を試みる<IR>などなど。これらのガイドラインを全体として公式に統括する機関は今のところ存在していません。それぞれの機関はお互いに連携をしつつも、独立した動きを見せ発展してきています。こうした体系的に整理されずにルールやガイドラインが増殖していく動きは、中央政府の省庁が一元的にルールを管理する傾向の強い日本にはあまり馴染みのない状態です。整理されないルール増殖というのは悲観すべきなのかもしれませんが、それだけ今サステナビリティ報告や非財務情報報告の領域は急速に発展してきていることの証左でもあります。産業革命やIT革命の際に数多の技術が一度に勃興してきたように、サステナビリティや企業情報開示の分野も今まさに革命期にあると言うことができるでしょう。正直、この領域の専門家でない限り、全ての動きに日々目を向けていくのは非現実的です。ですので、今回は、いまこうしてますます複雑化していくサステナビリティ報告ガイドラインの状況を俯瞰的にまとめてお伝えしていきます。

GRI 〜サステナビリティ報告ガイドラインの中心的存在〜

 GRIとは現在世界で最も普及しているサステナビリティ報告書ガイドラインを制定しているNPOです。本部はオランダのアムステルダムにありますが、GRIの発端は、米国ボストンに本部を置くNPO “CERES”が1990年代に環境報告ガイドラインを策定するために立ち上げた部署「‘Global Reporting Initiative’ project department」にあります。GRIは当初、環境だけに主眼を置いていましたが、すぐにマルチステークホルダーの概念を取り入れ、環境以外の分野もガイドラインの対象に含めていきます。そして、1997年にはGRIはCERESから独立し、2000年にはGRIガイドラインの初版を発行するに至ります。

 環境から人権、消費者対応、ガイドラインまで幅広い概念を包括するサステナビリティ報告において、GRIがそのガイドラインの中心にいる様子は、冒頭のカオスマップからも読み取れます。GRIは、1976年のOECD多国籍企業行動指針、1999年の世界経済フォーラムで提唱された「国連グローバル・コンパクト(UNGC)」など既存の有名なガイドラインの要素を取り入れ、さらに2003年に地球温暖化防止に向けて金融機関と事業会社が中心となってロンドンで設立されたCDP (Carbon Disclosure Project)や、電気機器業界が中心となって制定した電子業界行動規範(EICC)など産業界の自主的なアクションとも連携を深めていきます。こうして、国際機関、金融機関、産業界、そしてNGOの声が一堂に会する場となったGRIは、今日まで第4版までガイドラインの更新を続けており、名実ともにサステナビリティ報告の中心的存在となっています。

国際機関 〜専門分野のガイドライン制定を牽引〜

 GRIが包括的なガイドラインの制定機関として君臨する一方、個別分野のガイドラインはそれぞれの領域で個別に進化する傾向にあります。その中で専門性を発揮し全体の取りまとめ役として機能しているのが国際機関です。とりわけ、「国連機関」と呼ばれる国連と連携関係にある国際機関が主導的な役割を担っています。

 国連環境計画(UNEP)は、1972年にケニア・ナイロビに設立された国連機関です。オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書、生物の多様性に関する条約、有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約など数多くの環境条約の事務局を務め、各国政府に対して政府調達のサステナビリティを呼びかける「サステナブル公共調達ガイドライン」や国連自身の環境サステナビリティを高めるためのガイドラインも発表しています。

 国連開発計画(UNDP)は、1965年にニューヨークの国連本部に設立された国連機関です。貧困削減をメインミッションとして掲げる同機関は、腐敗撲滅、HIV対策など、貧困地域における人間社会の援助へと活動の範囲を広げてきました。2015年にはUNDP’s Social and Environmental Standardsを制定し、同機関が係るプロジェクトに対して社会・環境サステナビリティの観点での基準を定めています。

 国連人権理事会(UNHRC)は、国際人権法の最も根幹を成す国連人権規約の事務局の役割をなす国連機関です。2006年に前身の国連人権委員会から改組・発展して誕生しました。日本ではコーポレート・サステナビリティの文脈で人権が取り扱われることは少ないですが、欧米や新興国では人権はホットなテーマであり、人権に関するガイドラインの制定時にはUNHRCが関与してくることが多くあります。

 国際労働機関(ILO)も、近年、従業員の安全衛生、ダイバーシティ、児童労働などの分野でガイドラインを制定しており注目を集めています。とりわけ、「労働安全衛生マネジメントシステム」(OSHMS)や「雇用政策におけるジェンダー平等実現へのガイドライン」は有名です。また、児童労働については、最低年齢条約(ILO 第138号条約)、最悪の形態の児童労働条約(ILO 第182号条約)、児童の権利に関する条約という国際条約も所管しています。また、「児童の権利に関する条約(通称・子どもの権利条約)」を所管している国連児童基金(UNICEF)は、児童保護に関する国際的NGOであるセーブ・ザ・チルドレン、国連グローバル・コンパクトと共同で、「子どもの権利とビジネス原則」を発表し、上記のILO条約の内容も含めた上でのガイドラインとなっています。

 それ以外にも、国連食糧農業機関(FAO)は持続可能な漁業に関するガイドラインを制定、世界銀行は世銀のプロジェクトに適用されるIFCパフォーマンススタンダード(PS)と世界銀行グループEHS(環境・衛生・安全)ガイドラインを制定しています。また、パンダのマークでお馴染みの世界自然保護基金(WFF)は国際機関ではなく、世界最大規模の国際的環境NGOですが、FSC森林認証制度、MSCエコラベル、パーム油を認証する「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO)、大豆の持続可能な生産を推進する「責任ある大豆に関する円卓会議」(RTRS)などを立ち上げており、専門分野のガイドライン制定する主要なプレーヤーとなっています。

 国連の全加盟国と23の専門機関は、2000年にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基に、2015年までの達成目標「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)」をまとめました。欧米先進国企業のサステナビリティにおいて、自社の社会価値や環境価値を測定する上で、MDGsで掲げられたテーマは数多く引用されています。

CDSB 〜気候変動関連の情報開示の旗手〜

 1992年のリオ・サミット、1997年の京都議定書を契機に耳目を集めてきた気候変動リスク。今日まで、気候変動に関わるリスク測定や情報開示のルールづくりに向けて、政府レベル、企業レベル、NGOレベルで様々な機関が設立されてきましたが、それら主要機関全体をとりまとめる組織として2007年に設立されたのがClimate Disclosure Standards Board(CDSB、気候変動開示基準委員会)です。CDSBは2010年9月に、気候変動に関する報告についてのフレームワークとなる「Climate Change Reporting Framework」の初版を、2012年10月に第1.1版を発表しています。CDSBには以下8つの機関が結集し、各機関の代表によって理事会が構成されています。

  1. CDP(Carbon Disclosure Project):CDSBの中心機関。2000年にロンドンで設立。機関投資家が自発的に創設。
  2. Ceres:1989年にボストンで設立。GRIの生みの親。
  3. IETA(International Emissions Trading Association):1999年に設立。世界7ヶ所に本部。温室効果ガス排出権取引の枠組み作り。
  4. WBCSD(World Business Council for Sustainable Development):1992年にジュネーブで設立。持続可能な開発に向けてグローバル企業CEOが自発的に創設。
  5. The Climate Group:2004年にロンドンで設立。再生可能エネルギーを推進する国際的NGO。グローバル企業が多数加盟。
  6. The Climate Registry:2007年にロサンゼルスで設立。温室効果ガス排出量の測定を検討。米国・カナダ・メキシコの州政府が加盟。
  7. World Resources Institute:1982設立の国際的NGO。自然資本の管理方法を検討する研究者・専門家集団。
  8. Wold Economic Forum(ダボス会議):1971設立のスイスのNGO。世界中のリーダーが集うグローバル会議を毎年主催

Natural Capital Coalition 〜自然資本という概念の創り手〜

 環境分野で一足早く温室効果ガス排出量削減の動きが始まったのに対し、「自然資本」という概念を用いて、より包括的に環境イシューに立ち向かおうという新しい流れを作り出しているのがNatural Capital Coalitionです。Natural Capital Coalitionは、もともと2012年にシンガポールで設立されたThe Economics of Ecosystems and Biodiversity for Business Coalition (TEEB)を前身とし、2014年に改名して生まれたNGOです。設立にはFAO、世界銀行などの国連機関、WWF、WBCSD、BSRなどのNGO、ICAEW(イングランド・ウェールズ勅許会計士協会)、IFAC(国際会計士連盟)、CIMA(英国の勅許管理会計士連盟)などの国際的な企業会計コミュニティーが加わり、企業会計に自然資本を位置づけるという壮大なミッションを掲げています。

BSR、EICC、GeSI 〜企業の自発的な規範作り〜

 GRI、CDSB、Natural Capital Coalitionが、国際機関やNGOがコアとなって設立されてきたのに対し、企業が規範作りの中心となり、自発的に業界全体のあり方を検討している機関もあります。BSR(Business for Social Responsibility)は、アメリカを中心に活動をしている国際的なNGOで、影響力の強い企業が集って産業界のあり方を自発的に生成していくプラットフォームの役割を果たしています。BSRは、1992年のリオ・サミットを機に設立され、今では250以上の企業が会員として参加しています。BSRは、各業界・各職種ごとにディスカッションチームを設け、コーポレート・サステナビリティ向上に向けたガイドラインや業界ルールを検討しています。

 EICC(Electronic Industry Citizenship Coalition、電子業界行動規範)は、2004年にHP、IBM,DELLなどが中心となって設立した業界団体で、本部は米国ヴァージニア州にあります。EICCは、同団体が発行している業界ガイドラインの名前でもあり、この規範としてEICCは、労働慣行や環境保全を意識したCSR調達のあり方に関するルール作りを進めています。また、GeSI(Global e-Sustainability Initiative)は、2001年に情報通信業界の企業が中心となって設立された組織で、EICCと同様に社会・環境価値を考慮した事業活動を推進するためのガイドラインを制定しています。EICCとGeSIは紛争鉱物に関するガイドラインを制定するため、2008年にCFSI(Conflict-Free Sourcing Initiative)を設立しました。

 企業の労働慣行の改善に取り組む機関として著名なものには、SAI(Social Accountability International)があります。SAIには、グローバル企業が多数加盟しており、ILO諸条約と国連グローバル・コンパクトに基づく労働慣行ガイドライン「SA8000」を発行しています。

IIRC 〜全てを統合するもの〜

 上記で解説してきた非財務情報報告ガイドラインと、伝統的な財務情報報告ルールの双方を、まさに統合するトレンドを作り出しているのがIIRC(International Integrated Reporting Council)です。IIRCは、2010年に、The Prince’s Accounting for Sustainability Project(A4S)やGRIなどの団体が、財務・非財務情報開示を統合させるフレームワークを開発するために、ロンドンで発足しました。現在、Corporate Reporting Dialogueという諸団体が結集する会議体を設け、GRI、SASB(米国でのサステナビリティ報告の基準作りを主導。情報開示を米国連邦法で法定義務化させることを目指す)、ISO、CDSBという非財務情報開示のガイドライン主導機関の他、国際的な会計基準となりつつあるIFRSを司るIASB(International Accounting Standards Board、国際会計基準審議会)、アメリカの会計基準USGAAPを司るFASB(Financial Accounting Standards Board、財務会計基準審議会)、国際的な公会計基準の検討を進めるIFAC(国際会計士連盟)の下部機関、IPSASB(International Public Sector Accounting Standards Board、国際公会計基準審議会)が会議メンバーとして参画しています。IIRCはそれ以外にも、自然資本の分野でリードするNatural Capital Coalition、会計基準の分野で世界をリードしてきたイギリスの会計団体の一つCIPFA(英国の勅許公共財務会計士連盟)、知的資本の枠組みを検討してきたWICI(World Intellectual Capital Initiative)とも提携し、IIRCが掲げる6つの資本「財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本」をひとつの枠組みの中に位置づけていく力強い動きを見せています。

 IIRCが進める統合報告の動きの周囲には、世界主要国の金融監督機関が集うFSB(Financial Stability Board)、世界の主要証券取引所が集うWFE(World Federation of Exchanges、国際取引所連合)など金融当局が、統合報告が掲げる統合的なリスク管理や情報開示ルール制定の動きがあります。また、非財務の財務的価値やリターンを測定するための動きとして、イギリス財務省が進めるCost-Benefit Analysis(費用便益分析)とCost-Effectiveness Analysis(費用効果分析)、SIAA(Social Impact Analysts Association)が提唱するSROIなども企業会計の世界に議論が及びぶことが予想されます。

 冒頭でも述べましたが、各ガイドラインは、全体として融合する動きと、それぞれの専門分野で独自に発展する動きが、双方同時に起こっています。各機関の動きは、日本政府や日本経団連でも全貌を常時キャッチアップしているとは言いがたく、企業は自らのリスクを自らマネージする必要性に駆られています。複雑化するガイドラインですが、その中でもやはり注目すべきは全てガイドラインを一元的に包括しようとするIIRCの動きといっても過言ではないでしょう。当サイトSustainable Japanでは、IIRCの動きはもちろんのこと、それぞれの機関のガイドラインの動きについても常にウォッチしていきます。

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