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【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~

【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~ 1

 サウス・ポールは2006年に気候変動専門のコンサルティング会社としてスイスで設立された。主な事業は、「コンサルティング・アドバイザリー」「カーボンクレジット創出」「インパクトファンド運営」の3つ。現在は世界40カ国以上に拠点を持ち、1,200名以上の従業員が働いている。

 日本市場進出にあたり、2023年にサウス・ポール・ジャパンを設立。同年4月には、三菱商事と共同で技術的な二酸化炭素除去(CDR)で創出されたカーボンクレジットを購入するファシリティ「NextGen CDR Facility」も創設し、クレジットの買い手と売り手をつなぐ役割を担う。

 日本国内で存在感が増してきた一方、同社がREDD+で手掛けたジンバブエのカリバ・プロジェクトにて、カーボンクレジット創出の算出方法の甘さに関して批判が集中した。2023年10月には同プロジェクトから撤退を表明、翌月には当時サウス・ポールのCEOだったレナト・ホイベルガー氏が辞任する事態に発展した。

 今回、グルーバルで気候変動に取り組んできた知見、カリバ・プロジェクトで発生した問題、信頼が大きく低迷したカーボンクレジット市場についての考え、日本企業に求められるアクション等に関して、サウス・ポールの設立メンバーでありサウス・ポール・ジャパン代表でもあるパトリック・ビュルギ氏、当社CEOの夫馬賢治との間で対談が実施された。

【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~ 2
(右)パトリック・ビュルギ サウス・ポール・ジャパン株式会社代表取締役
(左)夫馬 賢治 ニューラル代表取締役CEO

サウス・ポール社の事業と日本進出の背景

夫馬

 サウス・ポールにとっても、カーボンクレジット市場にとっても激動の2023年だったと思います。まず始めに、サウス・ポールが提供しているサービスの概要を教えてください。

パトリック氏
 
 【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~ 3我々は気候変動を専門として扱う会社であり、我々自身をクライメート・カンパニーと呼んでいます。展開する事業は大きく3つです。まず1つ目が、コンサルティング・アドバイザリー事業です。民間セクター、公共セクターどちらに対してもコンサルティングやアドバイザリーを行っています。

 民間企業向けには、グローバル企業を中心に気候変動に関するリスク評価、目標設定と戦略策定、目標達成に向けた具体的な支援、例えば、二酸化炭素排出量の測定や削減、再生可能エネルギーの購入、サプライチェーン全体におけるアクション等を行います。公共セクター向けには、気候変動政策策定の支援や開発銀行、機関投資家との気候問題に関する協業等を行っています。

 2つ目は、カーボンクレジットに関するプロジェクト開発です。カーボンクレジット創出だけではなく、生物多様性クレジット、プラスチッククレジット、バイオガス証明書等、様々な商品開発に取り組んでいます。民間主導のボランタリーカーボン市場、政府主導のコンプライアンスカーボン市場のどちらも活動していますが、メインはボランタリーカーボン市場です。

 3つ目は、最も新しい事業であるインパクトファンドの運営です。例えば、気候変動適応や農業とサプライチェーンに関するファンド、スイス・テクノロジー・ファンドと呼ばれるスイス政府から委託を受けて運営しているファンド等があります。出資企業に対して金銭的なリターンではなく、クレジット等を還元するファンドの運営です。

夫馬

 昨年2023年にサウスポールジャパンを設立しましたが、日本市場に進出した背景、ミッション、狙いについて教えてください。

パトリック氏

 実は、拠点を設立する以前から日本企業とは関係性を築いていました。リーマンショックによる金融危機が起きた2008年頃からです。その後、2020年に日本政府がカーボンニュートラル宣言を実施したことで、さらに多くの問い合わせがありました。当時、日本に拠点を構えていないにも関わらず、これだけ多くの相談を受けるということは潜在的なサービス需要が大きいと判断し、日本市場に進出することを決めました。

 サウス・ポール・ジャパンでもグローバルと同じようにすべてのサービスを提供していますが、現在注力しているのはコンサルティング・アドバイザリー事業とカーボンクレジット創出です。三菱商事との合弁企業「NextGen CDR Facility」では、既にクレジットの長期購入契約を締結しており、クレジットの買手として商船三井、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、LGT、Swiss Re、UBSが参画しています。

夫馬

 実際に日本に進出して感じた他の国との違いや障壁はありますか?

パトリック氏

 まず、言語の壁です。日本市場参入前に協業したグローバルな日本企業では、会議や成果物の作成を英語で行ってきました。しかし、日本拠点となった以上、日本語での対話や成果物が求められており、日本語ができるチームを構築する必要があります。これは英語でコミュニケーションが可能なシンガポール、オーストラリア、フィリピン、タイ等の他のアジアの国々とは明確な違いです。

 2つ目は、商習慣の違いです。日本では信用とロイヤリティが非常に重要視されます。多くの人は我々のような新規参入企業を知らないため、関係性を築くのに時間がかかります。そのためスモールスタートで始める必要があります。ヨーロッパで言えばドイツに近いかもしれないですね。スタートアップ企業でもあらゆる企業にアプローチできるオープンな国もあるため、日本独自の商習慣を感じます。

夫馬

 市場という意味での違いはありますか?

パトリック氏

 例えば、ヨーロッパでは、気候変動というトピックが長い間人々の関心事になっています。消費者からのボトムアップのプレッシャーもありますし、厳しい規制もあります。これは米国やオーストラリアでも同様です。

 まだ日本では、国民の意識はそれほど高くないという認識です。気候変動の影響を感じていない、学校教育で気候変動が重視されていない等のいろんな理由が考えられますが、私はまだはっきりと理解できていません。日本ではエネルギー安全保障や経済成長に焦点が当てられており、それらは気候変動よりもずっと優先順位は高いと感じています。

 しかし、気候変動において世界に急速に追いつこうとしているのが日本だと考えています。日本企業は政府や規制の影響を大きく受けており、それが原動力となると見ています。RE100では政府、TCFDの開示では証券取引所の影響力がとても大きかったです。

 そして、検討が進められているGXリーグでは、2026年度からの自主的取引の本格稼働が予定されています。現在は多くの企業が様子を伺い、戦略検討を重ねている段階ですが、こういった規制が動くタイミングで、カーボンクレジットへのサービスに対する需要が大幅に増加すると考えています。

 また、カーボンニュートラルに関するISO14068-1が2023年に策定されたことも日本企業にとっては追い風だと思います。カーボンニュートラル規格では、英国規格協会(BSI)のPAS 2060がすでにありますが、ISO14068-1は、PAS 2060よりも要件が厳しくなっていると感じています。

夫馬

 同じアジア地域との比較はいかがでしょうか?

パトリック氏

 シンガポールを代表とした先進国にある企業と、タイ、フィリピン、ベトナム、インドネシア等の新興国の企業では大きな違いがあります。

 新興国の大企業は気候変動に対するアクションを検討し始めた段階で、政府による規制等も厳しくありません。我々は新興国では拠点を構え、カーボンクレジット創出を主に行ってきました。その後、現地企業のニーズに応え、コンサルティングやアドバイザリー業務に事業を拡大しています。

 一方、シンガポール企業は非常に積極的に動いています。シンガポールでは炭素税があり、規制がますます強化されているためです。しかし、シンガポールと日本を比較すると、シンガポールの経済規模や二酸化炭素排出量は小さく、日本のGDPは世界第3位であり、二酸化炭素排出量も多いという違いがあります。やはり国によって提供するサービスは少しずつ異なってくると思います。

二酸化炭素排出量の評価における今後のトレンド

 
夫馬

【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~ 4 日本での市場が成長するに伴い、二酸化炭素排出量の測定や評価がますます重要になってくると思います。今後のトレンドをどう考えていますか?

パトリック氏

 特に大企業では、スコープ1、2の二酸化炭素排出量だけではなく、スコープ3を含めた測定に取り組んでいます。サステナビリティに関して先進的な企業の中には、市場をリードする取り組みを行う企業もありますが、バリューチェーン全体に関連した複雑な課題のため、まだまだ企業がやるべきことがあり、改善の余地があると考えています。企業単位ではなく、製品単位でのカーボンニュートラル実現に向けた案件も増えています。特に、消費財メーカー、アパレル小売業界からの問い合わせが多いです。

 課題は、データへのアクセスです。例えば、中国等から綿花を調達している場合、その綿花に関するカーボンフットプリントを全て把握することが困難な場合があります。また、異なる原料の二酸化炭素排出量を比較するための基準が不足していることも企業の取り組みを妨げる課題です。

夫馬

 企業が製品単位でのカーボンフットプリントを把握するための原動力とは何だと考えていますか?

パトリック氏

 我々の最新の調査で1,400名以上の世界のビジネスリーダーにインタビューを行いました。気候変動対策へのアクションの原動力として、顧客・消費者からの需要だと回答した割合が46%で最も高い結果となりました。次に、サプライチェーン全体のリスクが39%、外部環境の変化に対するレジリエンスの構築と未来に向けた投資が37%でした。

 今回の特徴的な結果として、2021年、2022年にはブランド・リーダーシップが上位3位に入っていましたが、今年は4位にまで後退しました。ランキングが下がりはしましたが、企業が自主的に取り組むための重要な原動力だと思います。

 豪政府と企業が合同運営するカーボンニュートラル促進イニシアチブ「Climate Active」や、仏政府が認めた二酸化炭素排出量削減プロジェクトであることを証明する「low-carbon label」のような政府からお墨付きをもらえる資格も原動力の1つだと考えています。

 また、日本ではまだ強い傾向ではないと思いますが、欧州や北米のトレンドの1つとして、若い世代はサステナビリティに熱心に取り組む企業で働きたいと考えているため、従業員の採用にも影響していることも注目したい点です。

【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~ 5
(出所)South pole

夫馬

 業界別ではどのような企業が前向きにアクションしていると感じていますか?

パトリック氏

 一般的な話かもしれませんが、規制が制定される前に動き出す業界はグーグルやアマゾンのようなテックカンパニーだと思います。彼らはブランドレピュテーションを考慮し、消費者や投資家からのプレッシャーを強く感じており、身軽にアクションを実行します。

 逆に、鉄鋼、セメント、エネルギーといった企業のアクションはゆっくりであることが多いと思います。規制等に対応する必要がある場合にのみアクションを実行します。理由は、エネルギー集約型企業や二酸化炭素排出量が多い企業では、新しい技術に多額の投資やオフセットにコストをかける必要があり、短期的な収益に大きな影響を与えるからです。

 自動車メーカーは製造業でありながら、消費者からのプレッシャーやブランドリスクを考慮し、大きな変革が起きているのを目の当たりにしています。こういった影響を受けにくく、二酸化炭素排出量が大きい業界が動き出すには、厳しい規制が必要だと思います。これは日本だけではなく、世界でも同じことが言えます。

夫馬

 日本企業からもすでに多くの依頼がきているとのことですが、日本市場ですでに成功した事例やプロジェクト、日本企業からのサウス・ポールに対する期待についても教えてください。

パトリック氏

 企業に対するコンサルティングの事例としては、ファッション小売企業と製品単位の二酸化炭素排出量の測定や削減、飲料メーカーと科学的根拠に基づく削減目標イニシアチブ(SBTi)のFLAG(森林・土地・農業)目標の設定、大手スーパーマーケットとCDPとTCFDの開示支援、小売企業への再生可能エネルギー導入等を進めています。

 その他、Eコマース企業、エレクトロニクス企業、運送業等、様々な企業のプロジェクトを支援しています。公共セクターでは、一般社団法人日本ガス協会等とともにGHGプロトコルの改定に関する提言書をまとめました。

 顧客からの我々に対する期待は、グローバルな視点と知見の提供だと捉えています。EU等の日本以外の地域における規制や、海外拠点を含めたスコープ3排出量の測定等、世界のトレンドの理解や国際的に複雑な計算が必要な企業からの依頼が多いです。

 我々はグローバルに拠点を持ち、各拠点のコンサルティングチームと連携できますので、地域ごとの専門的な知見を提供できることが強みだと考えています。プロジェクトのテーマとしては、生物多様性や水スチュワードシップ、プラスチック等のサーキュラーエコノミーに関するプロジェクト等も手掛けています。
 
 また、日本ではカーボンクレジット創出を行うプレイヤーはまだ少数だと思います。これまで世界で提供してきた実績もありますし、二国間クレジット制度(JCM)プロジェクトを開発することも可能ですので、我々の強みが活かせるマーケットだと思います。

 今後で言えば、TNFDフレームワーク策定に日本企業も関わっていますので、生物多様性のテーマはポテンシャルが高いと考えています。

夫馬

 TNFDアダプターにも多くの日本企業が署名しています。欧州ではすでに生物多様性はメジャーなテーマでしょうか?

パトリック氏

 そうですね。EUでは、企業に対するプレッシャーも強くなっています。森林破壊・森林劣化規則(EUDR)が制定されましたし、人権も含めたサプライチェーン全体のリスクに関してその方針を遵守するように動き出しています。逆に、規制によるプレッシャーが少ない日本では、なぜこんなにも早く生物多様性のテーマに対して動き出しているのでしょうか?

夫馬

 多くの日本企業は、海外の企業に遅れを取りたくない、他の日本企業に遅れを取りたくないという同調圧力のようなマインドセットから動き出していると考えています。

2024年のテーマと今後のカーボンクレジット市場の見通し

夫馬
 
 2024年の気候変動に関する大きなトピックは何だと考えていますか?

パトリック氏

【対談】サウス・ポール・ジャパン、日本進出の背景とカーボンクレジット事業 ~カリバ・プロジェクトへの批判を超えて~ 6 企業の中にも、気候変動テーマに関して次の10年に向けて動き出している企業とそうでない企業があります。まだ動き出せていない企業は、早急に動き出す必要があると思います。すでにアクションを開始している企業のテーマは、サプライチェーン全体のスコープ3排出量に注力していくことだと思います。再生可能エネルギーの調達も時間が経過するにつれ、需要は高まると考えられます。

 また、多くの企業がSBTiによる目標設定を行っていますが、目標設定だけではなく実行に移していく必要があります。目標設定だけで終わっていないか、正しく削減アクションを実施できているかについて多くのプレッシャーに晒され始めると思います。

 GXリーグに関しても、カーボンクレジットの調達戦略に関する検討や、JクレジットやJCMでの具体的なクレジットの購入手法の検討等を行い、多くの企業が準備を始めていくタイミングです。

 国際的なボランタリーカーボンクレジット基準策定ガバナンス機関ICVCMや、ボランタリーカーボン市場の国際ルール策定イニシアチブ「ボランタリーカーボン市場インテグリティ・イニシアチブ(VCMI)」等のイニシアチブがガイダンスを提供していますので、日本においてもカーボンクレジットに対する需要とアクションはより高まっていくと思います。

夫馬
 
 カーボンクレジット市場の今後のトレンドについてはどう考えていますか?

パトリック氏

 カーボンクレジット市場は今後2年程度で、ボランタリーカーボン市場からコンプライアンスカーボン市場にシフトしていくと考えています。ボタンタリーカーボン市場は、二酸化炭素排出量取引市場(ETS)に関する規制を受けない企業にとってはこれまで通り重要な位置を占めると思います。しかし、大部分の需要と資金の流れは、コンプライアンスカーボン市場に流れていくと考えています。

 もしGXリーグが厳しい目標設定をするならば、日本でもコンプライアンスカーボン市場への需要は、ボランタリーカーボン市場よりも長期的に遥かに大きくなると思います。

 企業はこの2つの市場をしっかり区別して認識、理解することが重要です。ボランタリーカーボン市場は現在も成長を続けており、ICVCM等の素晴らしいイニシアチブや、国際的なカーボンオフセット基準管理団体米Verraや国際環境NGOゴールドスタンダード、American Carbon Registry(ACR)等の基準管理団体もあります。Verraは歴史的に難しい商品であるREDD+についても新しいメソドロジーの策定に着手し始めました。

 コンプライアンスカーボン市場では、米商品先物取引委員会(CFTC)がカーボンクレジット市場に関するガイドラインの策定を開始しており、格付け機関が市場に参入しクレジットの質についてより多くの情報を提供し始めています。最終的には、品質の高いクレジットがより差別化され、ICVCM等のレーティングと連動し、より高い価格で市場に出回るようになるはずです。2024年はこれらの市場の大きな変化に直面する年だと思います。

 私はカーボンクレジットの品質と透明性の向上により、カーボンクレジット市場が成長することを期待しています。なぜならば、グリーンハッシングの解決策になると考えているからです。現在、企業ではグリーンハッシングの傾向が高まり、メディアからの批判を恐れ、アクションを躊躇しています。カーボンクレジット自体の品質の不透明さや品質のばらつきも影響を与えていると考えており、品質と透明性の向上がグリーンハッシングの原因の一部を解決できるはずです。

 GXリーグもそうですが、コンプライアンスカーボン市場はボランタリーカーボン市場と似たようなプロセスを経て成熟していくと思います。国際民間航空機関(ICAO)の二酸化炭素排出量取引制度「CORSIA」の基準策定に関する経緯等、ボランタリーカーボン市場の経験から様々なことを学んでいく必要がありますね。

夫馬

 カーボンクレジット市場に関してより深くお聞きしたいと思います。サウス・ポールはボランタリーカーボン市場を世界で牽引してきました。市場が成熟していく中で変化の必要に迫られていると思います。サウス・ポールのビジネスをどのように進化させていくのでしょうか?過去の歴史も振り返りながら、今後の戦略を教えてください。

パトリック氏

 そうですね、色々なことがあって我々はビジネスの成長サイクルを一巡してきたと思います。2005年にEUの二酸化炭素排出量取引市場(EU-ETS)が始まった翌年、2006年からサウス・ポールの歴史はスタートしています。まだ京都議定書の時代です。

 実は我々は、サウス・ポールを創設する前の2002年からスイス政府と共同で気候変動に関するファンドを設立し、ボランタリーカーボン市場に焦点を当てていました。しかし、サウス・ポールの初期戦略は、ボランタリーカーボン市場よりもコンプライアンスカーボン市場の需要が大きくなると考え、京都メカニズムのCDM (クリーン開発メカニズム)にフォーカスをしたところからスタートしています。

 2006年から2012年にかけて、我々はパイプラインの構築に多くの時間と労力を費やしました。通常、カーボンクレジットの開発プロジェクトは、プロジェクトを特定してから実際に販売ができるようになるまでに3年から4年の月日を必要とします。我々が実際にクレジットを販売できたのは1、2年程度であり、その後市場は崩壊を迎えました。

 原因の発端は、2008年の金融危機です。これにより需要が大きく落ち込み、排出権(EUA)は非常に安くなりました。その後、日本では東日本大震災が発生、京都議定書の延長には参加しないと表明、西側諸国でも同様の議論が発生しました。これらが市場全体の崩壊につながりました。私の記憶では、1tあたり15ユーロ程だった価格が、40セントまで下落し、短期間で価格がほぼゼロになりました。

 そして、我々は2012年にコンプライアンスカーボン市場からボランタリーカーボン市場へとビジネスを早急にシフトすることを決断しました。そのため、2012年から今日まで、サウス・ポールはボランタリーカーボン市場に関する知見を得てきました。

 一方で、コンプライアンスカーボン市場がいつ復活してもいいように準備もしてきています。例えば、コロンビアでは、シンガポールのように炭素税を導入していますので、オフセットできれば炭素税を支払う必要はありません。そのためコロンビアのコンプライアンスカーボン市場は非常に大きいです。

 また、スイスにも国内にも同様の市場があり、アジアでは中国、韓国に加えて、オーストラリアも活発です。サウス・ポール社はこれらの市場で積極的に活動しています。パリ協定6条メカニズムのルールに関しては議論が継続していますが、それらの議論の終着点が見えてきたら、今後コンプライアンスカーボン市場がより重要になると考えています。

夫馬

 2021年の第26回気候変動枠組条約グラスゴー締約国会議(COP26)以降、クレジット市場の品質は以前より上がったと感じています。ボランタリーカーボン市場がコンプライアンスカーボン市場と同様にこれから成長していくと期待している人も多いと思いますが、企業の購入先はコンプライアンスカーボン市場に集約されていくのでしょうか?

パトリック氏

 いえ、共存していくと思います。私はボランタリーカーボン市場も成長していくと考えており、先程述べたようにETSの制約を受けない一部の企業にとって非常に有用です。

 ETSは削減のための新たな目標を設定するだけで、すぐにカーボンニュートラルを実現しろとは言いません。しかし、いつでもETSの目標以上のことを実施することが可能なのです。例えそれがETSの対象外セクターの企業であっても、目標以上のことを実現したい、マーケットリーダーとして市場に評価されたいと考える企業であれば、コンプライアンスカーボン市場に加えて、ボランタリーカーボン市場を形成することは可能であり、共存することができると思います。

夫馬

 日本でも、GXリーグがJクレジットのルール策定を行っています。日本の企業もよりアクティブに行動したいならば、ボランタリーカーボン市場で購入すればよいということですね。

カリバ・プロジェクトの顛末とサウス・ポールの改善方針

夫馬

 昨年、カーボンクレジット市場で大きな波乱がありました。サウス・ポール社は当時のCEOが辞任する事態にまで発展しました。何があったか教えていただけますか?

パトリック氏

 わかりました。今回批判の対象となったのは、ジンバブエ北部のカリバ湖沿岸の約80万haの森林を保全する世界最大級のプロジェクト「カリバ・プロジェクト」です。想定していたカーボンクレジット創出が出来ず、クレジット販売時期には市場全体で需要がないため価格も落ち込み、2023年に同プロジェクトから撤退を発表しました。経緯についてもう少し詳細にお伝えします。

 カリバプロジェクトは、当時のREDD+の方法論に従って2011年にスタートしました。この方法は、過去の森林減少のデータに基づいた予測を行い、プロジェクト開始の1年目に森林減少率を設定するというものです。そしてこれは10年という長い間固定されたままとなり、10年経過後に再検証のプロセスを実施します。

 当時はプロジェクトを評価するための技術や情報が現在よりも不足していました。衛星画像、森林破壊予測のためのAIツール、森林を撮影するためのドローン等は存在していません。そしてこの間にロバート・ムガベ元大統領が死去し、ジンバブエの政策も大きく変わりました。

 結果として、森林伐採率が低下し、我々が予測したほどの水準ではありませんでした。2011年から2019年まで同プロジェクトのクレジットを販売しましたが、先程述べたように市場全体が崩壊していた時期でしたので、需要はありませんでした。

 プロジェクトは立ち行かなくなり、サウス・ポール社と地元のパートナー企業は2019年までプロジェクト維持のため数百万ドルを超える投資をし続ける必要がありました。我々は常にプロジェクトを中止するか、継続するかの判断に迫られていました。一方で、基準の見直しや再考に関する強いプレッシャーは無く、REDD+の基準に従い運営を続けてきました。

 2020年から2022年にかけて、カーボンクレジットの需要が増加、価格も上昇し、市場が大きく成長しました。その一方で、プロジェクト開始から10年が経過したため、2022年からカリバ・プロジェクトを再検証するためのプロセスをスタートさせました。再検証の結果、森林伐採率が想定より低いことがわかり、クレジットの販売を停止、我々もプロジェクトからの撤退とCEOの入れ替えを発表しました。

 メディアからはプロジェクト開始時に過剰に森林減少率の予測を行ったと批判されましたが、お伝えしたいことは、我々のプロセスをVerraに監査していただき、メソドロジーから逸脱していないこと、適正であったことを保証していただいたということです。

 また、プロジェクトはサウスポール社だけで運営しているのではなく、ジンバブエの現地パートナー企業がこのプロジェクトの所有者として運営を行っています。我々との契約に基づき、彼らは地域の自治体に金銭的な報酬を支払う義務があり、そしてその義務も果たしています。

 昨年2023年はガーディアン紙がREDD+のメソドロジーを批判する記事を出す等、例年より注目度が高い状況にありました。これらのテーマに関してメディアが注目度を高めるような記事のヘッドラインにする傾向もあったと思いますし、記事の中には少し極端な結論だと感じるものもあります。メディアとしての取り上げ方としては健全だとは思いますが、この調査結果に関しては議論中ですし、この記事の結論は正しくないと見解を示す科学者もいます。

 我々がカリバ・プロジェクトに関与するプロセスは終了しましたが、大事なことはここから何を学ぶかです。Verraによるプロジェクトの検証は継続中であり、最も大切なことは、プロジェクトに関与している地元コミュニティが今後どうしたいかです。彼らは新しいREDD+のプロジェクトをスタートさせたいと考えていると思います。そのため、今回のプロジェクトで得た教訓を反映させた新しいREDD+の基準ができると考えています。

 そして、サウス・ポール社は2023年1月29日に最高リスク責任者(CRO)を設置することを発表しました。CEOへのレポートラインやプロジェクトからは独立して活動し、内部統制機関としてポートフォリオ全体の適切な品質管理、品質保証プロセスの強化、ベストプラクティスの開発を担います。また、多くの外部格付け機関と協業し、第三者保証を得る機会を増やし、再びこのような批判が発生しないようステップアップを目指します。 

 加えて、新しいメソドロジーに移行することを決定しました。VerraはREDD+の基準でプロジェクトの再検証を行う頻度を10年ごとではなく、6年ごとに見直すように短縮しました。サウス・ポール社では、より厳しく3年毎に見直すことを内部で決定しています。あらゆることを進化できるよう改善していく予定です。

夫馬

 大きな変革だと思います。ボランタリークレジットの認定機関もいま、メソドロジーを大きく改善し、信頼性をより高めようとしています。それと同時に、クレジットを販売する事業者にも、独自にクレジットの品質をチェックする必要性が生まれてきているように感じています。

パトリック氏

 おっしゃるとおり、どちらも重要だと考えています。市場には強固で信頼できるスタンダードやメソドロジーが必要です。そして、市場参加者がそれらを信頼し活用することが、市場の成長には不可欠です。

 最初から完璧な人間が存在しないように、基準も改善が繰り返され、様々なテクノロジーを巻き込みながら完成に近づいていきます。私はICVCMのようなイニシアチブが基準を相互評価し、改善し続けるための独立した視点として存在することはとても良いことだと考えています。

 そして、スタンダードが十分でないと判断した場合に、独自の基準を持つことも重要です。例えば、我々と一緒にプロジェクトを進める現地パートナーに対して、より厳格なデューデリジェンスを実現することができるはずです。どうやってプロジェクトをモニタリングするのか?現地でどうやって計測するのか?地域コミュニティと協業する際の支出に関して会計監査された実績はあるのか?コミュニティへの収入分配の仕組みは?コンサルテーションのプロセスに問題はないか?等、多くのプロセスが存在します。

 我々は現場で発生していることをもっと広く、深く、より完全に理解する必要があります。これまでも努力を惜しみませんでしたが、今後はより力を入れていく必要があると考えています。そして、これは個人の努力やスキルだけではなく、40カ国、1,200人以上の規模の会社として実現する仕組みが必要です。

 ある国の拠点では非常に優秀なスタッフがいるかもしれないが、別の国では同じ成果を出せない可能性があります。全社的に同じ品質を担保するための会社のシステムとプロセスが必要だと考えているため、今回のCROの設置等に繋がっています。

夫馬

 最後に、日本はまだまだカーボンクレジット市場に対する理解が浸透しておらず、市場は草創期にあります。カーボンクレジットの品質の良し悪しを見極める目利きも十分だとは言えません。そういった企業がカーボンクレジットを開発もしくは購入する際に、品質が高いクレジットを見極めるためのアドバイスをお願いします。

パトリック氏

 最初は格付け機関に頼ることでより良い意思決定ができると思います。品質を見極めるためには、専門的な知識が必要であり、多くの労力と時間を要します。すべて自社で賄うことができるのは一部の大企業だけなので、第三者の意見に頼ることは良いことだと思います。

 また、カーボンクレジットの品質をチェックするツールを無料提供しているイニシアチブ「Carbon Credit Quality Initiative(CCQI)」もあります。ICVCMが発行するコアカーボン原則(CCP)は閾値を設定し、適格であるかを判断しますが、CCQIは各要素に対して1から5までのスコアで評価をしますので、より多くの情報を活用して意思決定に役立てることが出来ます。

 また、我々が支援する企業に対しては、プロジェクトを批判的に見ることを推奨しています。自社にとって何が重要なのかを明確にすることも有益です。例えば、コベネフィットを重視するのであれば、プロジェクトの社会的な影響や潜在的な環境への悪影響等についてより多くの質問をするべきです。

 より良い意思決定のために企業が自ら情報収集することはとても素晴らしいことだと思います。多くの文献が様々なプロジェクトに対して時間をかけて調査、分析し、どのようなリスクがあるかを論じています。セミナー等にもぜひ参加して積極的に情報を集めていくとよいと思います。

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聞き手: 夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO) 執筆: 鈴木 靖幸(株式会社ニューラル)

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