京都市は2022年12月、「京都市グリーンボンド」を初めて発行した。発行額は50億円。年限は5年。京都市では、国際資本市場協会(ICMA)のグリーンボンド原則に基づきフレームワークを策定し、グリーンボンド原則2021及び環境省が策定するグリーンボンドガイドライン2022年版への適合性について、日本格付研究所から最上位「Green1(F)」も獲得した。資金使途は、施設のLED化、環境性能に優れた市有施設の整備、河川整備。幹事証券会社は、大和証券、野村證券、ゴールドマン・サックス証券。
京都は、1997年の国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)の京都議定書が採択された地。2004年12月には、地球温暖化に特化した全国初の条例「京都市地球温暖化対策条例」を制定する等、早くから全国をリードする取り組みを進めてきた。2009年1月には、温室効果ガスの削減に向けて高い目標を掲げ、先駆的な取り組みにチャレンジする都市として「環境モデル都市」に選定。環境政策局を筆頭に、すべての分野で環境を基軸とした政策を展開している。
京都議定書自体は、米国の離脱等でトーンダウンしてしまう時代もあったが、京都市としては、世の中の浮き沈みがある中でも継続して対応を進めてきた。2019年5月には、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第49回総会の京都開催に合わせ、全国に先駆けて2050年カーボンニュートラル(二酸化炭素ネット排出量ゼロ)を宣言。脱炭素と文化と融和させ、都市ブランディングに繋げていこうとしている。今回は、京都市役所の環境政策局 地球温暖化対策室の吉田仁昭 脱炭素地域創出促進第一係長、菊田翔一朗 計画・気候変動適応策推進係長、行財政局 財政室の芝野友基 調査係長、長谷将生 調査担当に話を伺った。
(左)長谷将生 行財政局 財政室 調査担当
(中左)吉田仁昭 環境政策局 地球温暖化対策室 脱炭素地域創出促進第一係長
(中右)菊田翔一朗 環境政策局 地球温暖化対策室 計画・気候変動適応策推進係長
(右)芝野友基 行財政局 財政室 調査係長
今回のグリーンボンド発行には、どんな背景があるのでしょうか?
芝野氏
京都市では、2021年に「SDGs への貢献を目的とした私募債(愛称:京都市 SDGs 債)」を、2022年に「京都市グリーンボンド」を発行しています。先にSDGs債と広いテーマを扱い、その後にグリーンボンドとなっているため、不思議な順序に感じるかもしれません。最初にそれぞれの経緯についてお話します。
まず重要な点として、京都市は自治体である以上、外部資金(地方債)を調達して行う事業は、公共工事でなければならない等、一定の制限があります。世の中では、グリーンボンド発行を通じた大規模調達も進んでいましたが、2021年当時、資金使途が環境分野に限定されるグリーンボンドを、京都市として発行することの効果が、まだ見えていませんでした。
そこでまずは、投資家との対話を通じ、京都市としての強みをいかに適切に伝えるかを重視しました。環境だけでなく社会的側面も訴求するため、国連持続可能な開発目標(SDGs)とテーマを大きく広げ、京都市内の投資家向けの私募債として発行することとしました。発行前に各投資家とお会いし、資金充当事業や効果等を説明しました。この結果、11億円の購入希望が集まり、京都銀⾏、京都信用保証協会、公益財団法人京都私学振興会、 社会福祉法人京都市社会福祉協議会の4団体から投資表明をいただきました。
このように直接お話した上での債券発行が理想ではありますが、それだと発行規模に限界があります。そこでノウハウも積み上がった2022年には、環境省の補助金や外部評価の取得も行い、公募債として、国際資本市場協会(ICMA)のグリーンボンド原則に準拠したグリーンボンドを発行しました。試行錯誤ではありましたが、発行額50億円に対し、8倍の約400億円の購入希望が集まる結果になりました。実際に59団体に購入していただき、そのうち54団体から投資表明をいただいています。
グリーンボンド発行に伴い、何か気付きはありましたか?
芝野氏
グリーンボンドを発行するにあたっては、どの事業に資金を充当するかが最も難しいポイントでした。そのため、なるべく全部門横断的な体制で進められるようにし、各部局とコミュニケーションを図るようにしました。まずは「グリーンボンドとは何か」から説明する必要があり、調整には数カ月を要しました。
2050年カーボンニュートラルの達成には、大規模な官民ファイナンスが必要と思われます。
芝野氏
そうですね。但し、京都市の財政も踏まえ、市として発行できる地方債には限界もあります。フレームワークについては、環境改善効果のある事業を幅広く採用していますが、実際に事業を行う前には、さらに深い議論を行う必要があると考えています。昨年度発行したグリーンボンドの資金使途は、施設のLED化、環境性能に優れた市有施設の整備、河川整備に設定しました。
一方、民間ファイナンスについては、SDGsをきっかけとした銀行や証券会社とのネットワークがありますので、そこから広げていくことを考えています。
菊田氏
公共調達の中にもグリーンを組み込む等、自治体や中央政府が率先して動くことで、多くの資金を民間に呼び込む動きがあります。京都市では、2050年カーボンニュートラルへの変革を成長戦略とし、グリーンファイナンスをその推進力とするため、グリーンボンドの発行等を通じて、国内外のESG投融資を呼び込むことに取り組んでおり、特に中小事業者に対し脱炭素化への対応を促していきたいと考えています。
京都市域で2050年カーボンニュートラルを達成するため、まずは2030年度までに温室効果ガス排出量を2013年比46%以上削減することを目指し、2020年12月に京都市地球温暖化対策条例を改正しました。これまで、エネルギー使用量が多い大規模事業者(特定事業者:原油換算で1,500kl以上等)に対して、「事業者排出量削減計画書・報告書」の提出を義務付けていましたが、延べ床面積が1,000m2以上の事業用建築物を所有している中規模事業者(準特定事業者)に対し、新たに「エネルギー消費量等報告書」の提出を義務付けました。
「エネルギー消費量等報告書制度」は、中規模事業者に自身の事業活動における二酸化炭素排出量を知っていただくための取組であり、使用した電気、ガス、灯油等のエネルギー消費量を報告いただき、当該報告を基に本市において二酸化炭素排出量を算出したうえで、対策とともにフィードバックするものです。あわせて、中小事業者を対象とした省エネ機器への更新に対する補助制度を創設したり、エネルギー管理の専門家である「省エネお助け隊」を少ない費用負担で派遣するなどの支援も行っています。
また、これまで延べ床面積が2,000m2以上の大規模建築物を新築・増築する場合には、再生可能エネルギー利用設備の設置を義務付けていましたが、その対象を300m2以上2,000m2未満の中規模建築物にも拡大したほか、大規模建築物については義務量を強化しています。あわせて、義務量を超える再生可能エネルギー利用設備を上乗せ設置いただく場合に活用できる補助制度も創設しました。さらに、延べ床面積が10m2以上の建築物を新築・増築する際には、建築士は再生可能エネルギー利用設備に関する情報提供と説明を行うよう義務付けました。
その他、事業者や市民に対し、所有する建築物や敷地に再生可能エネルギー利用設備を設けることや、再生可能エネルギーを積極的に購入すること、さらには、駐車施設を所有する、または設置しようとする場合には、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)向けの充電設備を設置することも努力義務として新たに規定しました。自動車販売事業者に対しては、新車購入者に、自動車からの温室効果ガス排出量などの環境情報を説明する義務を課すとともに、新車販売ではゼロエミッション車や、温室効果ガス排出量が相当程度少ない車を販売することに努めていただき、実績報告書を市長に提出することを義務化しています。
「自然と共生する文化」や「ものを大切にする伝統」などの京都が育んできた強みを生かし、生活の質の向上と持続可能な経済発展とが同時に達成される脱炭素社会の実現するためには、あらゆる主体の積極的な取組を求めるとともに、取組を常に進化させることが必要です。
中小事業者の脱炭素化へのモチベーションをいかに高めるかが、全国各地の自治体で課題となっています。
菊田氏
条例の改正や新たな計画の策定の際には、中小事業者をはじめ、市民・事業者など関係する主体からの声も聞きながら進めています。カーボンニュートラルは世の中の潮流となっており、対応しなければならないことは、中小事業者も金融機関も感じているように思います。京都に根差す多くの事業者は、京都議定書誕生の地としての誇りと使命感から、高い環境意識を持っていただいていると感じています。
すでに高いブランド力のある京都が「ゼロカーボン古都モデル」でブランディングを進めているのは、何故でしょうか?
吉田氏
まずはベースとして、京都市地球温暖化対策計画<2021-2030>で掲げている2050年カーボンニュートラル達成に向け、さらなるアクションが不可欠だったことが挙げられます。寺社等の文化遺産が集積している京都市が脱炭素先行地域となることで、温室効果ガス削減に資するだけでなく、市内外に波及させていきたいと考えています。
菊田氏
付随する点として、京都市地球温暖化対策計画にも掲げているサステナブル・ツーリズム等の観光訴求があります。観光客の移動手段となるタクシーの電気自動車(EV)化の促進や、EV等を活用し、文化遺産を巡る「ゼロカーボン修学旅行」の企画等にも取り組んでいきます。プラスチックごみの削減に向けては、「京都市廃棄物の減量及び適正処理等に関する条例」に基づき、旅館・ホテル事業者には、使い捨てのアメニティグッズの提供・販売の抑制や分別ごみ箱の設置等、滞在者がごみを分別できる環境を整備していただいています。
また、京都市及び公益社団法人京都市観光協会では、京都の観光に関わる全ての人が互いに尊重しながら、持続可能な京都観光を創りあげることを念頭に、観光事業者・観光客・市民の各主体に対し、環境にやさしい行動をとるよう求める「京都観光行動基準(京都観光モラル)」も定めています。
さらに、「京料理」として知られる京都の食文化には、地域でとれる旬の食材を余すことなく使うという、サステナビリティに通ずる精神があります。京都に根付いてきた文化を継承していくことは、生産や輸送等に伴うエネルギー消費量削減等の気候変動対策につながると考えています。
2020年12月に改正した京都市地球温暖化条例では、観光旅行者等の滞在者に対して、公共交通機関の利用やごみの発生抑制等の地球温暖化対策に取り組むことを新たに責務として規定しました。このような取組は、観光都市・京都として、ユニークなところだと思います。
ゼロカーボンと古都を両立する上で、太陽光パネル設置等に対する懸念の声には、どのように対応していくのでしょうか?
吉田氏
太陽光発電パネルの設置には、一般的に景観への懸念の声が上がります。そのため、ゼロカーボン古都モデルにおける寺社等の文化遺産への太陽光発電の導入では、京都の町並みに馴染み、景観に支障を及ぼさないことを前提にしました。京都市では、2013年に太陽光パネルの景観に関する運用基準を改訂。規制エリアの分類、パネルの色彩、設置基準を定めており、関連施設や駐車場へのソーラーカーポート等、設置場所を工夫することで景観保全と再生可能エネルギー導入を両立していきたいと考えています。
また、木造建築に太陽光パネルを設置することによる火災リスクへの懸念については、全国統一見解としての消防庁の通達に則って対応していきます。寺社等の文化遺産や商店街等の地域コミュニティの拠点が、太陽光発電設備や蓄電池を備えることで、災害による停電時に地域の避難場所として電力供給を行うことができるなど、防災対応力の向上につながるという側面もあります。
今後、景観や防災等の観点を踏まえて、寺社等の文化遺産と設置場所に関する協議を丁寧に進めていく予定です。
これらのアイデアはどうやって生まれたのでしょうか?また、環境部局だけでなく、他部門を巻き込んでいくには、どうすべきでしょうか?
菊田氏
職員間でのブレインストーミングや、ステークホルダーとの協議の中で生まれてきています。その他にも、2021年9月には、京都発の脱炭素ライフスタイルを推進するプロジェクトチーム「2050京創ミーティング」を立ち上げています。「2050京創ミーティング」では、市民、事業者及び学識者等に参画いただき、「消費行動」「住まい」「つながり」の3つのテーマについて、2030年に向けたアクションリストを作成し、プロジェクトを創出・実施しています。
京都市では、環境審議会の部会として、地球温暖化対策推進委員会を設置し、施策の評価及び見直しを行っています。委員会には、外部有識者として、学識者、地域の環境活動に携わる市民、事業者、NPO等に参加いただいており、様々な視点から御意見を頂いています。
吉田氏
脱炭素先行地域の取組においても、市長を筆頭とする「京都市1.5℃を目指す地球温暖化対策推進本部会議」の部会として「京都市脱炭素先行地域庁内コアメンバープロジェクトチーム」を設置するなど、全庁横断的に相乗効果を発揮し取組を推進する実行体制を構築しています。
環境面でのブランディングでは、どのように海外発信を行っているのでしょうか?
菊田氏
京都市では、「DO YOU KYOTO?2050」を合言葉に、市民・事業者と一丸となった取組を進めています。「DO YOU KYOTO? (環境にいいことをしていますか?)」は、2007年にCOP3の10周年記念行事で入洛したメルケル元ドイツ首相が講演の中で発したフレーズであり、COPをはじめ様々な国際会議の場において、これまで本市が進めてきた取組を発信する機会をいただいています。
また、京都市は、ICLEI(イクレイ)に加盟しており、門川市長が東アジア地域理事会の議長を務めています。都市間連携を強化することで、新たな情報を得ることができるほか、発信の機会を得ることができています。その他、CDPによる市政府の気候変動対策レベル評価「CDPシティ」において、京都市は東京都と並び2年連続で最高評価のAリスト入りを達成しています。
こうした取組の結果、海外から、京都市の環境行政に関する視察もあります。直近では、2022年度にフィンランド、マレーシア、チェコの都市と交流がありました。国際協力機構(JICA)を介し、アジアの方々向けにオンライン研修を提供したりもしています。京都市の小学校で実施されている環境学習プログラム「こどもエコライフチャレンジ 」は、マレーシアで広く展開されています。
京都市では、気候災害からの影響をどう捉えているのでしょうか?
菊田氏
京都市内でも大雨による土砂災害や農作物への被害、熱中症搬送者数の増加等、気候変動の影響による被害がみられ、市民生活や観光経済に悪影響を与えています。
そこで京都市は、2021年7月に京都市、京都府、総合地球環境学研究所の3者で、「京都気候変動適応センター」を設立しました。調査研究テーマのひとつに暑熱を掲げ、2022年度は、熱中症搬送者数と気象・気候データとの関係性を分析しました。その結果、日平均気温が28度以上で搬送者数が増加する傾向があることや、行政区や学区など地域特性により傾向が異なるという示唆を得ました。2023年度は、搬送者の属性と時空間変動を詳細分析し、21世紀末における熱中症搬送者数の予測を行う等、調査研究を更に進めていきます。
聞き手:
夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO)
執筆:
菊池 尚人(株式会社ニューラル 事業開発室長)