Skip navigation
サステナビリティ・
ESG金融のニュース
時価総額上位100社の96%が
Sustainable Japanに登録している。その理由は?
Sponsored South Pole Japan株式会社

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 1

 South Poleは2006年に気候変動専門のプロジェクト開発企業としてスイスで設立された。現在では、「サステナビリティ・アドバイザリー」「カーボンプロジェクト開発コンサルティング」を主な事業としている。世界40カ国以上に拠点を持ち、900名以上の従業員が働いている。

 日本市場進出にあたり、2023年にSouth Pole Japanを設立。同年5月には、三菱商事と共同で技術系CDR(二酸化炭素除去)の普及・促進を目指し「NextGen CDR Facility」も創設した。

 今回、グローバルで気候変動に取り組んできた知見、信頼が大きく低迷したカーボンクレジット市場について、また日本企業に求められるアクション等に関して、South Poleの設立メンバーでありSouth Pole Japan代表でもあるパトリック・ビュルギ氏と当社CEOの夫馬賢治との間で対談が行われた。

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 2
(右)パトリック・ビュルギ South Pole Japan株式会社代表取締役
(左)夫馬 賢治 ニューラル代表取締役CEO

South Pole社の事業と日本進出の背景

夫馬

 まず始めに、South Poleが提供しているサービスの概要を教えてください。

パトリック氏
 
【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 3 私たちは気候変動を専門として扱う会社であり、自身を「クライメート・カンパニー」と呼んでいます。展開する事業は大きく3つあります。まず1つ目が、コンサルティング・アドバイザリー事業です。民間セクター、公共セクターどちらに対してもコンサルティングやアドバイザリーを行っています。

 民間企業向けには、グローバル企業を中心に気候変動に関するリスク評価、カーボンニュートラルとネットゼロに向けた目標設定とロードマップの策定、達成に向けた具体的な支援等です。例えば、二酸化炭素排出量の算定や削減、再生可能エネルギー証書の購入、サプライチェーン全体におけるアクション等が含まれます。公共セクター向けには、気候変動政策の策定支援や開発銀行、機関投資家との気候問題に関する協業等を行っています。

 2つ目は、カーボンクレジットに関するプロジェクト開発です。カーボンクレジット創出だけではなく、生物多様性クレジット、バイオガス証明書等、様々な商品開発に取り組んでいます。民間主導と政府主導のカーボンクレジット市場の両方で活動しています。

 3つ目は、最も新しい事業であるインパクト投資のための資金調達メカニズムの運営です。例えば、気候変動適応や農業サプライチェーンに関するファンド、スイス・テクノロジー・ファンドと呼ばれるスイス政府から委託を受けて運営しているファンドがあります。全てではありませんが、多くのSouth Poleの資金調達の仕組みは出資企業に対して金銭的なリターンではなく、カーボンクレジット等をでリターンを得る形になります。South Poleのファンドは、気候変動イニシアティブ、特に高コストのプロジェクトにスケーラブルなインパクトを与えることに重点を置いています。

夫馬

 昨年2023年にSouth Pole Japanを設立しましたが、日本市場に進出した背景、ミッション、狙いについて教えてください。

パトリック氏

 実は、拠点を設立する以前から日本企業とは関係性を築いていましたが、2020年に日本政府がカーボンニュートラル宣言を実施したことで、さらに多くの問い合わせがありました。当時、日本に拠点がないにも関わらず、これだけ多くの相談を受けるということは潜在的なサービス需要が大きいと判断し、日本市場に進出することを決めました。

 South Pole Japanは日本でもグローバルと同じようなサービスを提供していますが、現在注力しているのはコンサルティング・アドバイザリー事業とカーボンクレジットの販売です。三菱商事との合弁企業「NextGen CDR Facility」では、既にクレジットの長期購入契約を締結しており、クレジットの買手として商船三井、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、LGT、Swiss Re、UBSが参画しています。

夫馬

 実際に日本に進出して感じた他の国との違いや障壁はありますか?

パトリック氏

 まず、言語の壁です。日本市場参入前に協業したグローバルな日本企業では、会議や成果物の作成を英語で行ってきました。しかし、日本拠点となった以上、日本語での対話や成果物が求められており、日本における人材を増やす必要があると考えています。

 2つ目は、商習慣の違いです。日本では信頼関係を築くことは非常に重要です。多くの企業は我々のような新規参入企業は認知度が低いため、関係性を築くのに時間がかかります。そのためスモールスタートで始める必要があります。ヨーロッパで言えばドイツに近いかもしれないですね。国によって、スタートアップ企業でもあらゆる企業にアプローチできるオープンな環境もあるため、日本独自の商習慣を感じます。

夫馬

 市場という意味での違いはありますか?

パトリック氏

 例えば、ヨーロッパでは、気候変動というトピックが長い間人々の関心事になっています。消費者からのボトムアップのプレッシャーもありますし、厳しい規制もあります。米国やオーストラリアの気候政策は過去15年間、浮き沈みがありながらも、政府レベルでの支持が高まり、投資家、消費者からのプレッシャーも大きくなっています。

 一方日本では、国民の意識はまだそれほど高くないという認識です。気候変動の影響を感じていない、学校教育で気候変動が重視されていない等の色々な理由が考えられますが、私はまだ理解できていません。日本ではエネルギー安全保障や経済成長に焦点が当てられており、それらは気候変動よりも優先順位が高いと感じています。

 しかし、気候変動や気候対策において世界に急速に追いつこうとしているのが日本だと考えています。日本企業は政府や規制の影響を大きく受けており、それが原動力となると見ています。RE100では政府、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示では証券取引所の影響力がとても大きかったです。

 そして、検討が進められているGXリーグでは、2026年度からの排出権取引の本格稼働が予定されています。現在は多くの企業が様子を伺い、戦略検討を重ねている段階ですが、こういった規制が動くタイミングで、カーボンクレジットへのサービスに対する需要が大幅に増加すると考えています。

 また、カーボンニュートラルに関するISO14068-1が2023年に策定されたことも日本企業にとっては追い風だと思います。カーボンニュートラル規格では、英国規格協会(BSI)のPAS 2060がすでにありますが、ISO14068-1は、PAS 2060よりも要件が厳しくなっていると感じています。弊社は既にこの新規格についての問い合わせを多く受けています。

夫馬

 同じアジア地域との比較はいかがでしょうか?

パトリック氏

 シンガポールのような先進国の企業と、タイ、フィリピン、ベトナム、インドネシア等の新興国の企業では大きな違いがあります。

 新興国の大企業は気候変動に対するアクションを検討し始めた段階で、政府による規制等も厳しくありません。我々は新興国に拠点を構え、主にカーボンプロジェクトの開発コンサルティングに関与してきました。その後、現地企業のニーズに応え、サステナビリティ全般においてのアドバイザリー業務に事業を拡大しています。

 一方、シンガポール企業は非常に積極的に動いています。シンガポールには炭素税があり、規制がますます強化されているためです。しかし、シンガポールと日本を比較すると、経済規模や二酸化炭素排出量の小さいシンガポールと比べ、日本のGDPは世界第3位であり、二酸化炭素排出量も多いという違いがあります。よって国によって提供するサービスは少しずつ異なってくると思います。

二酸化炭素排出量の評価における今後のトレンド

 
夫馬

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 4 日本での市場が成長するに伴い、二酸化炭素排出量の算定や評価がますます重要になってくると思います。今後のトレンドをどう考えていますか?

パトリック氏

 特に大企業の中では、スコープ1、2の温室効果ガス排出量だけではなく、スコープ3の排出算定に乗り出す企業が増えていくと思います。サステナビリティに関して先進的な企業の中には、先進的な取り組みを行う企業もありますが、バリューチェーンの排出量の分析は非常に複雑なため、まだまだ企業にやるべきことがあり、改善の余地もあると考えています。企業単位ではなく、製品単位でのカーボンニュートラル実現に向けた案件も増えています。特に、消費財メーカー、アパレル小売業界からの問い合わせが多いです。

 課題の一つは、データへのアクセスです。例えば、中国等から綿花を調達している場合、その綿花に関するカーボンフットプリントを全て把握することが困難な場合があります。また、異なる原料の温室効果ガス排出量を比較するための基準が整っていないことも企業の取り組みを妨げる課題です。

夫馬

 企業が自社のカーボンフットプリントを削減するための原動力とは何だと考えていますか?

パトリック氏

 我々の最新の調査で1,400名のグローバルビジネスリーダーにインタビューを行いました。「市場や顧客の要求に応えるため」が気候変動対策の原動力だと回答した割合が46%で最も高い結果となりました。次に、「サプライチェーンにおけるリスクをモニタリングするため」が39%、「外部環境の変化に対するレジリエンス強化のため」が37%でした。

 今回の特徴的な結果として、「ブランド・リーダーシップ」が2021年、2022年には上位3位に入っていましたが、2023年には4位にまで後退しました。ランキングが下がりはしましたが、企業が自主的に取り組むための重要な原動力だと思います。

 また、日本ではまだ強い傾向ではないと思いますが、欧州や北米のトレンドの1つとして、若い世代はサステナビリティに熱心に取り組む企業で働きたいと考えているため、従業員の採用にも影響していることも注目したい点です。

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 5
(出所)South Pole

夫馬

 業界別ではどのような企業が前向きにアクションしていると感じていますか?

パトリック氏

 一般的に、規制が制定される前に自主的に行動する企業はグーグルやアマゾンのようなIT業界だと思います。彼らはブランドイメージを考慮し、消費者や投資家からのプレッシャーを強く感じており、身軽にアクションを起こします。

 逆に、鉄鋼、セメント、エネルギーといった企業の行動はゆっくりであることが多いと思います。規制等に対応する必要がある場合にのみアクションを実行します。理由は、エネルギー集約型企業や二酸化炭素排出量が多い企業では、新しい技術に多額の設備投資やカーボンオフセットにコストをかける必要があり、短期的な収益に大きな影響を与えるからです。これらのセクターの脱炭素化には、既存のビジネスモデルの変革が必要となります。

 自動車メーカーは製造業でありながら、消費者からのプレッシャーやブランドリスクを考慮し、大きな変革が起きているのを目の当たりにしています。このような影響を受けにくい、二酸化炭素排出量が大きい業界が動き出すには、厳しい規制が必要だと思います。これは日本だけではなく、世界でも同じことが言えます。

夫馬

 日本企業からもすでに多くの依頼がきているとのことですが、日本市場ですでに成功した事例やプロジェクト、日本企業からのSouth Poleに対する期待についても教えてください。

パトリック氏

 企業に対するコンサルティングの事例としては、ファッション小売企業と製品単位の二酸化炭素排出量の測定や削減、飲料メーカーと科学的根拠に基づく目標イニシアチブ(SBTi)のFLAG(森林・土地・農業)セクター目標の設定、上場スーパーマーケットチェーンに対してCDPとTCFDの開示支援、大手小売業者への再エネ証書の導入等を進めています。

 その他、Eコマース企業、エレクトロニクス企業、運送業等、様々な企業のプロジェクトを支援しています。公共セクターでは、一般社団法人日本ガス協会等とともにGHGプロトコルの改定に関する提言書をまとめました。

 顧客からの我々に対する期待は、グローバルな視点と知見の提供だと捉えています。EU等の日本以外の地域における規制や、海外拠点を含めたスコープ3排出量の測定等、世界のトレンドの理解や国際的に複雑な排出量の計算が必要な企業からの依頼が多いです。

 我々はグローバルに拠点を持ち、各拠点のコンサルティングチームと連携できますので、地域ごとの専門的な知見を提供できることが強みだと考えています。プロジェクトの種類としては、二酸化炭素排出量削減の他、生物多様性やウォータースチュワードシップ、プラスチック等のサーキュラーエコノミーに関するプロジェクト等も手掛けています。
 
 また、日本ではカーボンクレジット創出を行うプレイヤーはまだ少数だと思います。私どもはこれまで世界で積み上げてきた実績もありますし、二国間クレジット制度(JCM)プロジェクトを開発支援することも可能ですので、我々の強みが活かせるマーケットだと思います。

 今後で言えば、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)フレームワーク策定に日本企業も関わっていますので、生物多様性のテーマはポテンシャルが高いと考えています。

夫馬

 TNFDにも多くの日本企業が先行署名しています。欧州ではすでに生物多様性はメジャーなテーマでしょうか?

パトリック氏

 そうですね。EUでは、企業に対するプレッシャーも強くなっています。森林破壊・森林劣化規則(EUDR)が制定されましたし、人権も含めたサプライチェーン全体のリスクに関してその方針を遵守するように動き出しています。逆に、規制によるプレッシャーが少ない日本では、なぜこんなにも早く生物多様性のテーマに対して動き出しているのでしょうか?

夫馬

 多くの日本企業は、海外の企業に遅れを取りたくない、他の日本企業に遅れを取りたくないという同調圧力のようなマインドセットから動き出していると考えています。

2024年のテーマと今後のカーボンクレジット市場の見通し

夫馬
 
 2024年の気候変動に関する大きなトピックは何だと考えていますか?

パトリック氏

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 6 企業の中にも、気候変動対策を加速し気候レジリエンスを強化させている企業もあればそうでない企業もあります。まだ動き出せていない企業は、早急に動き出す必要があると思います。既にアクションを開始している企業のテーマは、サプライチェーン全体のスコープ3排出量に注力していくことだと思います。再生可能エネルギーの調達も時間が経過するにつれ、需要は高まると考えられます。

 また、多くの企業がSBT目標の設定を行っていますが、目標設定をするだけではなく実行に移していかなければなりません。今後、多くの企業は確実に温室効果ガス削減を進めていることを証明しなければいけないという圧力を感じ始めると思います。

 GXリーグに関しても、カーボンクレジットの調達戦略に関する検討や、JクレジットやJCMでの具体的なクレジットの購入手法の検討等を行い、多くの企業が準備を始めて行かなければならないと思います。

 国際的なボランタリーカーボンクレジット基準策定ガバナンス機関ICVCMや、ボランタリーカーボン市場の国際ルール策定イニシアチブ「ボランタリーカーボン市場インテグリティ・イニシアチブ(VCMI)」等のイニシアチブがガイダンスを提供していますので、日本においてもカーボンクレジットに対する需要とアクションはより高まっていくと思います。

夫馬
 
 カーボンクレジット市場の今後のトレンドについてはどう考えていますか?

パトリック氏

 カーボンクレジット市場は今後、徐々にボランタリーカーボン市場(VCM)から法規制に基づいて整備されているコンプライアンスカーボン市場(CCM)にシフトしていくと考えています。ボタンタリーカーボン市場は、二酸化炭素排出量取引市場(ETS)に関する規制を受けない企業にとってはこれまで通り重要な位置を占めると思います。しかし、大部分の需要と資金の流れは、コンプライアンスカーボン市場に流れていくと考えています。

 もしGXリーグが厳しい目標設定をするならば、日本でもコンプライアンスカーボン市場への需要は、ボランタリーカーボン市場よりも長期的に遥かに大きくなると思います。

 企業はこの2つの市場をしっかり区別して認識、理解することが重要です。ボランタリーカーボン市場は現在も成長を続けており、ICVCM等の素晴らしいイニシアチブや、国際的なカーボンオフセット基準管理団体米Verraや国際環境NGOゴールドスタンダード、American Carbon Registry(ACR)等の基準管理団体もあります。VerraはREDD+についても新しいメソドロジーの策定に着手し始めました。

 コンプライアンスカーボン市場では、米商品先物取引委員会(CFTC)がカーボンクレジット市場に関するガイドラインの策定を開始しており、格付け機関が市場に参入しクレジットの質についてより多くの情報を提供し始めています。最終的には、品質の高いクレジットがより差別化され、ICVCM等のレーティングと連動し、より高い価格で市場に出回るようになるはずです。2024年はこれらの市場の大きな変化に直面する年だと思います。

 現在、一部の企業ではメディアからの批判を恐れ、気候変動対策における取り組みについての発信を控えています。これが「グリーンハッシング」というものですが、私はカーボンクレジットの品質と透明性の向上により、カーボンクレジット市場が成長することを期待しています。なぜならば、グリーンハッシングの問題を解決するための方法の一つだと考えているからです。カーボンクレジット自体の品質の不透明さや品質のばらつきも影響を与えていると考えており、品質と透明性の向上がグリーンハッシングの原因の一部を解決できるはずです。

 GXリーグもそうですが、コンプライアンスカーボン市場はボランタリーカーボン市場と似たようなプロセスを経て成熟していくと思います。国際民間航空機関(ICAO)の二酸化炭素排出量取引制度「CORSIA」の基準策定に関する経緯等、ボランタリーカーボン市場の経験から様々なことを学んでいく必要がありますね。

夫馬

 カーボンクレジット市場に関してより深くお聞きしたいと思います。South Poleはボランタリーカーボン市場を世界で牽引してきました。市場が成熟していく中で変化の必要に迫られていると思います。South Poleのビジネスをどのように進化させていくのでしょうか?過去の歴史も振り返りながら、今後の戦略を教えてください。

パトリック氏

 そうですね、色々なことがあって我々はビジネスの成長サイクルを一巡してきたと思います。2005年にEUの二酸化炭素排出量取引市場(EU-ETS)が始まった翌年、2006年からSouth Poleの歴史はスタートしています。まだ京都議定書の時代です。

 実は我々は、South Poleを創設する前の2002年からスイス政府と共同で気候変動に関するファンドを設立し、ボランタリーカーボン市場に焦点を当てていました。しかし、South Poleの初期戦略は、ボランタリーカーボン市場よりもコンプライアンスカーボン市場の需要が大きくなると考え、当時は京都メカニズムのCDM (クリーン開発メカニズム)にフォーカスをしたところからスタートしています。

 2006年から2012年にかけて、我々はパイプラインの構築に多くの時間と労力を費やしました。通常、カーボンクレジットの開発プロジェクトは、プロジェクトを特定してから認証されたクレジットが実際に販売ができるようになるまでに3年から4年の月日を必要とします。我々が実際にクレジットを販売できたのは1、2年程度であり、その後市場は崩壊を迎えました。

 原因の発端は、2008年の金融危機です。これにより需要が大きく落ち込み、排出権(EUA)は非常に安くなりました。その後、日本では東日本大震災が発生、京都議定書の延長には参加しないと表明、西側諸国でも同様の議論が発生しました。これらが市場全体の崩壊につながりました。私の記憶では、1tあたり15ユーロ程だった価格が、40セントまで下落し、短期間で価格がほぼゼロになりました。

 そして、我々は2012年にコンプライアンスカーボン市場からボランタリーカーボン市場へとビジネスを早急にシフトすることを決断しました。そのため、2012年から今日まで、South Poleはボランタリーカーボン市場に焦点を移し、専門的な知見を培ってきました。

 一方で、コンプライアンスカーボン市場がいつ復活してもいいように準備もしてきています。例えば、コロンビアでは、シンガポールのように炭素税を導入していますので、オフセットできれば炭素税を支払う必要はありません。そのためコロンビアのコンプライアンスカーボン市場は非常に大きいです。

 また、スイス国内にも同様のコンプライアンスカーボン市場があり、アジアでは中国、韓国に加えて、オーストラリアも活発です。South Pole社はこれらの市場で積極的に活動しています。パリ協定6条メカニズムのルールに関しては議論が継続していますが、それらの議論の終着点が見えてきたら、今後コンプライアンスカーボン市場がより重要になると考えています。

夫馬

 2021年の第26回気候変動枠組条約グラスゴー締約国会議(COP26)以降、クレジット市場の品質は以前より上がったと感じています。ボランタリーカーボン市場がコンプライアンスカーボン市場と同様にこれから成長していくと期待している人も多いと思いますが、企業の購入先はコンプライアンスカーボン市場に集約されていくのでしょうか?

パトリック氏

 いいえ、共存していくと思います。私はボランタリーカーボン市場も成長していくと考えており、先程述べたようにETSの制約を受けない一部の企業にとって非常に有用です。

 今のETSは企業による削減目標の設定や削減を加速させるものだけであって、カーボンニュートラルの実現はETSだけでは難しいです。ETSの目標以上のことに取り組むことは可能であり、むしろ必要です。マーケットリーダーとして市場に評価されたいと考える企業はETSの対象外セクターの企業であっても、自主的に目標とロードマップを設定し、実現するための努力をしています。

 ETS対象・対象外に関わらず、自主的にボランタリーカーボン市場でクレジットを購入し、世界中の気候変動対策のプロジェクトに資金提供できることには違いはないです。コンプライアンスカーボン市場は今後対象範囲を拡大していく前提で考えていますが、まだまだボランタリーカーボン市場には役割があり、コンプライアンスカーボン市場とは共存することができると思います。

夫馬

 日本でも、GXリーグがJクレジットのルール策定を行っています。日本の企業もよりアクティブに行動したいのであれば、ボランタリーカーボン市場で購入すればよいということですね。

ボランタリーカーボン市場の課題とSouth Poleの対応方針

夫馬

 昨年、カーボンクレジット市場で大きな波乱がありました。何があったか教えていただけますか?

パトリック氏

 昨年の2023年は、例年よりもカーボンクレジット市場への注目度が高い状況でした。メディアは、関連するトピックに関する記事の見出しを、複雑な業務内容を簡素化し、時には歪曲するような形で取り上げる傾向があったように思います。

 批判の対象は、REDD+として知られる森林破壊回避プロジェクトが中心でした。South Poleがカーボン・コンサルタント兼エンジェル投資家としてジンバブエで実施した「カリバ・プロジェクト」と呼ばれるプロジェクトも対象となりました。批判的な報道は、Verraの方法論に基づき、利用可能な最善のデータを用いて算出された森林減少率の予測に焦点を当てていました。

 参考までに、森林保護におけるカーボンクレジットは、予想された森林減少のベースラインを設定し、具体的な森林保護介入によって生態系に吸収される温室効果ガスの増加を推定することによって算出されます。

 森林減少のベースライン設定と予想されるプロジェクトの効果は、VerraやGold Standard等の確立されたカーボンクレジット基準によって定められた方法論に基づいて計算しました。これらの方法論は、科学、技術、ベストプラクティスの進化に伴い、継続的に改訂・改善されます。

 カーボンクレジットは現在、森林保全の取り組みに必要な資金を調達するための数少ない方法のひとつであり、世界で最も資金調達が困難な場所において、測定可能なインパクトをもたらしています。私たちは、カーボンクレジット市場とそれを継続的に改善する方法について、建設的な議論をオープンにすることが重要だと考えています。

 この分野での改善はすでに進んでおり、Verraは森林破壊回避プロジェクトの気候への影響を計算する新しい方法論に移行し、REDD+基準に基づくプロジェクトの再検証頻度を短縮し、従来の10年ごとから6年ごとに見直すことに変更しています。South Poleでは、より厳格に3年ごとに審査することを社内で決定しました。

 また、メディアからの批判が相次いだことを受け、市場全体の進化が促進されました。その結果、プロジェクト側と需要側の両方のインテグリティを向上させるために、ICVCMやVCMI等のイニシアチブで改善が進行中です。

当社は、森林破壊回避プロジェクトや市場全体に対する信頼を向上させる必要性を痛感しています。そのため現在、品質保証、リスク管理、カーボンプロジェクトのデューデリジェンス・プロセスを強化しています。1月29日には、専任のチーフ・リスク・オフィサー、アントワーヌ・プレドゥールの就任を発表しました。そして今年5月、ダニエル・クリエ博士が新しい最高経営責任者としてSouth Poleに加わりました。

これらの変更により、当社は世界中のプロジェクトとプロセスにおいて、最高水準のリスク管理とインテグリティの確保を目標としています。

夫馬

 大きな変革だと思います。ボランタリークレジットの認定機関もいま、メソドロジーを大きく改善し、信頼性をより高めようとしています。それと同時に、クレジットを販売する事業者にも、独自にクレジットの品質をチェックする必要性が生まれてきているように感じています。

パトリック氏

 仰るとおり、どちらも重要だと考えています。市場には強固で信頼できるスタンダードやメソドロジーが必要です。そして、市場参加者がそれらを信頼し活用することが、市場の成長には不可欠です。

 最初から完璧なもの等なく、スタンダードは様々な技術を駆使し、新たな洞察や継続的な科学の進歩とともに、繰り返し改善されていくものです。私はICVCMのようなイニシアチブが基準を相互評価し、改善し続けるための独立した視点として存在することはとても良いことだと考えています。

夫馬

 最後に、日本はまだまだカーボンクレジット市場に対する理解が浸透しておらず、市場は草創期にあります。カーボンクレジットの品質の良し悪しを見極める目利きも十分だとは言えません。そういった企業がカーボンクレジットを開発もしくは購入する際に、品質が高いクレジットを見極めるためのアドバイスをお願いします。

パトリック氏

 最初は格付け機関に頼ることでより良い意思決定ができると思います。品質を見極めるためには、専門的な知識が必要であり、多くの労力と時間を要します。すべて自社で賄うことができるのは一部の大企業だけなので、第三者の意見に頼ることは良いことだと思います。

 また、カーボンクレジットの品質をチェックするツールを無料提供しているイニシアチブ「Carbon Credit Quality Initiative(CCQI)」もあります。ICVCMが発行するコアカーボン原則(CCP)は閾値を設定し、適格であるかを判断しますが、CCQIは各要素に対して1から5までのスコアで評価をしますので、より多くの情報を活用して意思決定に役立てることが出来ます。

 また、我々が支援する企業に対しては、プロジェクトを批判的に見ることを推奨しています。自社にとって何が重要なのかを明確にすることも有益です。例えば、コベネフィットを重視するのであれば、プロジェクトの社会的な影響や潜在的な環境への悪影響等についてより多くの質問をするべきです。

 より良い意思決定のために企業が自ら情報収集することはとても素晴らしいことだと思います。多くの文献が様々なプロジェクトに対して時間をかけて調査、分析し、どのようなリスクがあるかを論じています。ウェビナー等にもぜひ参加して積極的に情報を集めていくとよいと思います。

 気候変動とできるだけ早く闘うためには、巨額な資金が必要であることは無論です。ある種の手段や方法論は完璧ではないかもしれませんが、絶えず改善されています。そしてそれらは、必要な資金と影響を拡大するために今日利用可能な、実行可能な解決策だと思います。カーボンプロジェクトの専門家として、また気候変動コンサルタント会社として、私たちは世界的な気候変動対策の次のステージに備えています。私たちは、リスクとコンプライアンス・プロセスを革新し、意義のある進化を継続します。信頼と透明性は、私たちの次のステージの中核を成すものです。

【環境】South Pole社日本市場に進出:カーボンクレジット市場の課題と今後の事業展開 7

author image

聞き手: 夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO) 執筆: 鈴木 靖幸(株式会社ニューラル)

この記事のタグ

Sustainable Japanの特長

Sustainable Japanは、サステナビリティ・ESGに関する
様々な情報収集を効率化できる専門メディアです。

  • 時価総額上位100社の96%が登録済
  • 業界第一人者が編集長
  • 7記事/日程度追加、合計11,000以上の記事を読める
  • 重要ニュースをウェビナーで分かりやすく解説※1
さらに詳しく ログインする

※1:重要ニュース解説ウェビナー「SJダイジェスト」。詳細はこちら

"【ランキング】2019年 ダボス会議「Global 100 Index: 世界で最も持続可能な企業100社」"を、お気に入りから削除しました。