世界の平均気温は12ヶ月連続で過去最高を記録。世界気象機関(WMO)の2024年6月の報告書では、2024年から2028年の間に、少なくとも1年は一時的に1.5℃を超える可能性が80%あるとした。
アントニオ・グテーレス国連事務総長は、1.5℃目標を達成するには、世界の温室効果ガス排出量を2030年まで毎年9%以上減少させる必要があると表明。G7と経済協力開発機構(OECD)加盟国は2030年までに石炭燃料を廃止、OECE非加盟国も石炭火力発電を2040年までに全廃するよう伝えた。
表明された石炭火力発電には、G7等で言及される「Unabated(削減努力のない)石炭火力発電」という表現は用いられておらず、全て石炭火力発電を全廃すべきと伝えている。
【参考】【国際】2028年までに平均気温が1.5℃を上回る可能性は47%。事務総長「慈善事業ではない」(2024年6月9日)
削減努力のない(Unabated)石炭火力発電に関する解釈は、G7の中でも日本とそれ以外の国で解釈が分かれている。削減努力のない(Unabated)石炭火力発電とは何か、海外と日本の解釈の違いをみていこう。
1.5℃目標達成に向けた石炭火力発電の位置づけ
国際エネルギー機関(IEA)の報告書では、石炭火力発電は2023年の世界全体の発電量の約3分の1を占める。しかし、2025年に再生可能エネルギーの電力供給量が石炭火力発電を追い抜く見通しだ。
【参考】【国際】IEA、電力2024上期改訂版。電力需要は4%増で過去最高水準。猛暑影響も(2024年7月21日)
また、IEAの2050年ネットゼロシナリオ(NZE2050シナリオ)では、削減努力のない(Unabated)石炭火力発電は経済協力開発機構(OECD)加盟国では2030年に廃止、OECD非加盟国では2040年には廃止する必要があり、中長期的には石炭化石燃料による電力供給を縮小していく必要がある。
(出所)IEA「Net Zero by 2050 Scenario」
削減努力のない(Unabated)石炭火力発電の定義
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次報告書(AR6)では、削減努力のない(Unabated)化石燃料とは、ライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガス排出量を大幅に削減していないものだとした。対策済みの状態として、発電所からの二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS)等を活用し、二酸化炭素排出量を90%以上削減もしくはメタン排出量を50%から80%回収した状態としている。
In this context, ‘unabated fossil fuels’ refers to fossil fuels produced and used without interventions that substantially reduce the amount of GHG emitted throughout the life cycle; for example, capturing 90% or more CO2 from power plants, or 50 to 80% of fugitive methane emissions from energy supply. {WGIII SPM footnote 54}
(出所)IPCC「Climate Change 2023 Synthesis Report」注釈148
【参考】【国際】IPCC、第6次報告書の統合報告書公表。2019年比で2030年43%減、2035年60%減(2023年3月21日)
Unabatedの解釈の違い
「Unabated」は日本と欧米で定義が異なる。欧米では上記のようにCCUSが導入されており超低炭素化する必要があるという認識だが、日本は水素やアンモニアをわずかでも混焼させるものは廃止の対象とならないという考え方を貫いている。お互いの見解の不一致を玉虫色に解決する単語として「Unabated」が使われており、2024年5月のG7環境・エネルギー相会合でも、削減努力のない(Unabated)が前置きされた。
【参考】【国際】G7環境・エネルギー相会合、天然ガス促進盛り込まれず。化石燃料段階的廃止も時期示せず(2023年4月17日)
一方で、ASEAN財相・中央銀行総裁会合(AFMGM)が創設した「ASEANタクソノミー委員会(ATB)」は2023年3月、ASEAN版タクソノミー「サステナブルファイナンスのためのASEANタクソノミー」の第2版を改訂。「Unabated」の解釈の余地を残さず、石炭火力発電の段階的廃止を決定した。
【参考】【ASEAN】ASEANタクソノミー第2版発行。石炭火力を例外なく段階的廃止。ガスでも基準厳しく(2023年4月21日)
また、国連責任投資原則(PRI)からは、日本の水素やアンモニア等を混焼させる石炭火力発電はグリーンなソリューションであるという主張に対して苦言を呈されている。GX基本方針で掲げられている石炭火力発電へのアンモニア混焼に関し、アンモニア生産のライフサイクル全体の排出量まで含め、どのようなアンモニアを活用するつもりなのか明らかにすべきとした。
【参考】【国際】PRI、日本政府に提言。アンモニア混焼や低すぎるカーボンプライシングに苦言。再エネ重視(2023年12月8日)
【参考】【日本】政府、GX実現に向けた基本方針を閣議決定。国際的な理解が得られない場合、絵に描いた餅(2023年2月10日)
まとめ
日本は、1.5℃目標の達成のため石炭火力発電の段階的廃止に対して合意しつつも、Unabatedの解釈を拡大し石炭火力発電によるエネルギー供給量を確保し続ける方針である。現在の日本のエネルギー供給量に対して石炭火力発電が占める割合は31%、LNGに次ぐ第2位。
削減努力のない(Unabated)石炭火力発電の段階的廃止にコミットする団体である英政府とカナダ政府が2017年に発足した国際イニシアチブ「Powering Past Coal Alliance(PPCA)」にも、日本はG7で唯一加盟していない。PPCAに加盟するマレーシア政府は2024年6月、2035年までに石炭火力発電所を50%削減し、2044年までにすべて廃止することを目指すことを発表しており、同じアジアでも取り組み姿勢の違いが出始めた。
【参考】【マレーシア】政府、2044年までに石炭火力発電所を全廃止目指す。2035年までに50%削減(2024年6月28日)
経済産業省資源エネルギー庁では、日本のエネルギー政策の方針を決める第7次エネルギー基本計画の策定が進められており、2024年中に改訂される予定。2024年6月に発表された自然エネルギー財団の報告書では、再生可能エネルギー電力比率を80%にし、IPCCが求める2035年までの温室効果ガス排出量削減を2019年比65%以上を実現するための方策を示した。
【参考】【日本】電気料金を上げずに2035年GHG66%減可能。再エネ設備容量3.3倍。自然エネルギー財団(2024年6月24日)
また、英エネルギーデータ大手ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス(BNEF)は2023年7月、日本のエネルギー政策に関し、水素やアンモニア等のコストのかかる技術に頼ることなく、2050年のカーボンニュートラル目標を達成できるとの見解を表明している。
【参考】【日本】日本政府はアンモニアや水素に依存しすぎ。再エネ強化がコストメリット。BNEF分析(2023年8月4日)
日本政府が掲げる2050年までのカーボンニュートラルを達成する目標の実現と安定的な電力供給に向けて、削減努力のない(Unabated)石炭火力発電への解釈がどのように変わっていくのか注視していく必要がある。
鈴木靖幸
株式会社ニューラル サステナビリティ研究所
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