独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)は2月、CBI認証付きサステナビリティボンドを合計180億円発行した。年限は5年と10年。格付はR&IでAA+、ムーディーズでA1。JRTTは、2019年5月から四半期毎にサステナビリティボンドを継続発行しており、2021年度は総額820億円の大規模調達となった。
資金使途は、鉄道建設プロジェクトのリファイナンス。このプロジェクトでは、自動車と比べ、輸送量あたりの二酸化炭素排出量の小さい鉄道で、グリーン性を追求。加えて、輸送網拡充に伴う移動時間の短縮化で、目的地での滞在時間を増大させ、地域を活性化するソーシャル性も併せ持つ。
同機構は2017年、神奈川県央エリアから都心へのアクセスを改善する神奈川東部方面線の建設資金の調達のためグリーンボンドを発行。環境省の「グリーンボンド発行モデル創出事業に係るモデル発行事例」の第1号案件となり話題を呼んだ。2019年1月には、ボンドだけでなくローンまで含めた「サステナビリティファイナンス」フレームワークを策定。国内におけるESG債市場を牽引する存在となっている。
【参考】【金融】鉄道・運輸機構が「サステナビリティファイナンス・フレームワーク」策定 〜仕組みと狙い〜(2019年4月16日)
【参考】【国際】CBS認証取得グリーンボンド・ローン、累計1500億ドル超え。ソーシャルボンドも発行急増(2020年11月28日)
こうしたESG市場の活況を受け、急速に取り組みを強化しているのが明治安田生命。2021年10月には、2050年までに投資ポートフォリオの温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにすることをめざす国際的なイニシアチブ「Net-Zero Asset Owner Alliance(NZAOA)」にも加盟している。
交通機関と生命保険は、ともに公共性が高く、環境・社会観点での意識を根底に持つ。今回、JRTTの米田純一理事、明治安田生命の荒谷雅夫副社長、当社CEOの夫馬賢治との間で鼎談が実施された。
(左)米田純一 JRTT 理事
(中)夫馬賢治 ニューラル代表取締役CEO
(右)荒谷雅夫 明治安田生命 取締役 執行役副社長
起債の背景
夫馬
まず、今回のサステナビリティボンド発行の経緯を教えてください。
JRTT 米田氏
鉄道や船舶は、輸送量に対する環境負荷が比較的小さい輸送手段のため、元々グリーン性があります。それに加え、地域の人々の社会インフラとしての機能も鉄道・船舶の重大な役割です。そこで、グリーン性とソーシャル性の両面をアピールできるサステナビリティファイナンスという形を採用しています。
発行にあたっては、購入する投資家の方々に安心感を持っていただけるよう、CBI認証を取得しています。それ以前のグリーンボンド発行でも、投資家の裾野を広げることができました。一方、ESG投資の加速に伴い、投資家からのグリーン性、ソーシャル性等の見方も厳しくなっていくとも考えています。そこで、サステナビリティファイナンスの当初から最も厳しい基準のもとで進めていく必要があると考えました。
その結果として、幅広い投資家から好評をいただくことができました。投資表明件数も2021年11月末現在(対談日時点)、2019年5月の初回発行と比べ5.8倍になりました(2022年2月末現在で6.1倍)。明治安田生命のような厳しい目線を持った大手機関投資家だけでなく、地方の投資家にまで、裾野が広がっているように感じています。
夫馬
注目の高さが結果として表れていますね。明治安田生命としては、どのような所に魅力を感じられたのでしょうか。
明治安田生命 荒谷氏
公共性の高い交通インフラの整備において、二酸化炭素排出量削減や利便性向上等、グリーン性とソーシャル性を併せ持っている点です。また、ESGウォッシュでなく、資産運用を通じて真の社会的価値を創出していきたいという当社の考えにも合致しました。特にアジア初のCBIプログラム認証も取得している点を高く評価しています。
ライフサイクルや企業全体でのESG視点
夫馬
たしかに鉄道や船舶輸送は、運用面での削減効果は高い一方、建設工程での環境負荷も見ていかねばなりません。建設面でのインパクトで、考慮していることはありますか。
JRTT 米田氏
行政のルールに基づく広範なアセスメントに加え、建設過程では新技術も積極的に取り入れています。例えば、内航船舶や工事用の建設車両でのバイオ燃料活用を目指し、ユーグレナとの協働を進めています。
【参考】【日本】ユーグレナとJRTT、内航船舶でのサステオ利用実証を宇品港で実施。可能性広がる(2021年12月20日)
【参考】 【日本】ユーグレナとJRTT、バイオ燃料の利用拡大で基本合意。船舶燃料や建設工事燃料で(2021年7月13日)
また、北陸新幹線の建設では、工事の計画段階の建設ルート上に存在する湿地帯が、ラムサール条約に指定されることとなったため、ルートを変更して工事を進めた経緯もあります。工事のルートを変更する場合、当然建設コストと工期に影響が出ます。しかし工期は、JRTTだけでなく、国の政策や検討委員会等での検討をもとに決まるという面があります。そのため、迅速な情報開示と、鉄道敷設地域とのコミュニケーションを通じ、アカウンタビリティを担保しながら進めることを大事にしています。
夫馬
JRTTとしてユーグレナとの協働は大きな時代の幕開けのように感じます。インフラ整備だけでなく、燃料にまで未来を見据えて先進的な企業とパートナーシップを拡大していけば、日本のスタートアップ業界そのものの発展にも大きく貢献できますね。
他方、グリーンボンドやサステナビリティボンドは、当然プロジェクト単位で発行されていますが、JRTTのように継続発行していくことで発行体全体がグリーンだと言えるようになると思います。投資家としては、こういった発行体をどのように捉えていますか。
明治安田生命 荒谷氏
プロジェクト単位で一部だけ切り出した評価だけでなく、発行体全体がサステナブルであれば、投資の意義はさらに高まります。投資家としては、発行額が大きいほど投資意欲が高まりますが、現状グリーンボンド需要の高まりもあり、なかなか供給が回ってこない状況でもありますから。
JRTTが先駆者として市場を牽引してくれていることで、こういった発行体が増えていくことを期待しています。サステナブルファイナンスをめぐっては、国際的なイニシアチブを中心に、様々な議論が行われており、今後はよりいっそう、ESGの「質」が重要になっていくと思います。
明治安田生命の急速なESGアクション強化の背景
夫馬
環境省のESGファイナンス・アワードの審査員を務める中で、ここ数年、明治安田生命のESG投融資の取組みは高度化が進んでいると感じています。
明治安田生命 荒谷氏
2020年4月に専門部署である責任投資推進室を新設し、態勢強化を進めるなかで、資産運用を通じ、経済的価値に加え、社会的価値を創出していくことの重要性が社内にも浸透しています。国連責任投資原則(PRI)への署名やTCFDへの賛同、NZAOAへの加盟等、国際的なイニシアチブへの参加もその契機の一つであると感じています。
菅前首相のカーボンニュートラル宣言を受け、日本国内でも予想より遥かに早くESGが浸透していきました。明治安田生命は、経営理念「確かな安心を、いつまでも」等から構成する「明治安田フィロソフィー」を経営の中心に位置づけています。本プロジェクトを含めた良質なサステナブルファイナンスはまさに経営理念と合致する取り組みであり、さらに株主として、投資先企業の企業価値向上等、責任ある機関投資家としての使命もあります。PRIでは、署名機関に対し、運用資産の90%以上全体へのESGインテグレーションが求められるため、資産運用全体にESGの考えを浸透させるきっかけとなりました。また、当社は2021年7月に機関投資家として、投融資先ポートフォリオのCO2排出量を2030年までに50%削減、2050年にネットゼロとする目標を公表しています。この目標の達成に向けて、ネットゼロをめざすNZAOAへの加盟を決断しましたが、こうしたグローバルな取組みへの積極的な関与により、外部環境変化を身近に感じ、社内の意識向上にもつながっています。
生命保険会社は、保険契約に対する将来のお支払いに充当する資金を長期・安定的に確保するため、一般的にキャッシュフローを安定創出する債券が投資対象のベースになり、ESG債は需要に合致していると感じています。また株式投資においては、投資先企業に対し、議決権行使とエンゲージメントを行っているため、アセットオーナーの自分たちが率先してESGに取り組むのは当然だと考えています。
夫馬
ESG投資に対する見方には、まだ、グリーン・ソーシャル性と収益性の相反するものをバランスを取らなければならないという考え方と、グリーン・ソーシャル性と収益性はそもそも矛盾しないという考えの双方がある。明治安田生命としては、どのように捉えていますか。
明治安田生命 荒谷氏
矛盾しないという考えです。ESGを経営の柱に据えているような企業は、中長期的に見て安定的な成長ができると捉えています。
また発行体も収益性を無視した発行を行っているわけではなく、収益性と公共性のバランスについての合意形成も、ある程度できてきていると理解しています。
高まる投資家の要請と今後
夫馬
今後カーボンニュートラルだけでなく、人権や生物多様性等、ボンドとエクイティ双方で投資家からの要請が増えていくことが予測されます。
JRTT 米田氏
ここ数年、サステナビリティファイナンスの急速な広がりを受け、対外的なアピールの機会も増えているため、ありがたく感じています。ESGについて厳しい目を持った機関投資家の投資先に、JRTTがいることで、ファイナンスを通じた認知度向上にも繋がると捉えています。地域コミュニケーションの観点でも、債券IRがコミュニケーションチャネルとして重要な役割を担っています。
サステナビリティファイナンスの健全性を保つには、市場全体で十分な発行量があることが重要です。今後も先駆者として、取り組みを継続強化していきたいと思います。
明治安田生命 荒谷氏
ESG投資の分野は、グローバルに外部環境が急速に変化しています。機関投資家として環境変化をタイムリーに捉え、対応していくには、外部とのネットワークの構築が非常に重要です。そこで明治安田生命では、1月31日にSDGインパクトジャパン(SIJ)との資本業務提携を締結しました。
SIJは、SDGsにフォーカスした投資ファンドの組成・運用や、金融機関や企業向けインパクト評価ツールの提供、サステナブルファイナンスに関するアドバイザリー業務を行っています。今後、SIJが有するグローバルなネットワークと高度な知見を共有し、サステナビリティ領域全般における幅広い協力関係を構築することで、当社のサステナビリティ経営の推進と、機関投資家としての責任投資の取組みをいっそう強化していきます。
夫馬
今後ESG債を起債する発行体へのアドバイスや、今後の方針について教えてください。
JRTT 米田氏
ESG債のうちソーシャルボンドは、基準が明確なグリーンボンドと比べると、むしろ発行体として取り掛かりやすい債券だと考えています。ソーシャル面で訴求できることがあれば、発行にチャレンジしてみることが良いのではないかと思います。
日銀による気候変動対応オペが発表されて以降、 投資家向けIR活動でグリーンファイナンスの割合やグリーンボンド発行計画等のお問い合わせを頂く機会が多くなりました。世界的な債券市場のさらなる発展・拡大が予想され、サステナビリティファイナンスに取り組みやすい環境が整備されていくでしょう。JRTTとしても、今後サステナビリティファイナンスを行っていく限り、投資家の期待を裏切らないよう、透明性を担保し、市場の発展に貢献していきたいと思います。
明治安田生命 荒谷氏
投資家側には、投資先企業の事業活動が生み出す社会的インパクトの特定と効果の測定が求められています。そのため発行体には、資金使途の明示に留まらず、投資によるインパクト発現、効果の事前説明、投資実行後のモニタリングや実績開示拡充を期待したいです。
明治安田生命としては、今後もJRTTのようなフロントランナーとコミュニケーションをとり、量だけでなく質の高いESG投資を進めていきたいと思います。
【画像提供】JRTT鉄道・運輸機構、明治安田生命、当社
聞き手:
夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO)
執筆:
菊池 尚人(株式会社ニューラル 事業開発室長)
Sustainable Japanの特長
Sustainable Japanは、サステナビリティ・ESGに関する
様々な情報収集を効率化できる専門メディアです。
- 時価総額上位100社の96%が登録済
- 業界第一人者が編集長
- 7記事/日程度追加、合計11,000以上の記事を読める
- 重要ニュースをウェビナーで分かりやすく解説※1
さらに詳しく ログインする※1:重要ニュース解説ウェビナー「SJダイジェスト」。詳細はこちら