東京都は7月6日、国内の地方自治体初のソーシャルボンドを300億円発行した。年限は5年。格付はS&PでA+。利率は0.005%。主幹事証券会社は三菱UFJモルガン・スタンレー証券、みずほ証券、ゴールドマン・サックス証券、大和証券。最終需要は発行額の11倍もの約3,420億円に達した。地方債協会のデータによると、5年地方債として2020年3月以来の低利率だった。
資金使途は、中小企業制度融資預託金や特別支援学校、チャレンジスクール、雇用・就業促進施設等の整備。新型コロナウイルス感染拡大を受け、サステナブル・リカバリー(持続可能な回復)を進める中で、支援を必要とする都民や事業者の財源に全額充当される。
東京都は、2017年に東京グリーンボンドを発行して以降、継続してグリーンボンドを起債。また、2021年3月には、2040年代に目指す東京の姿と、その実現のために 2030年に向けた戦略を示した「『未来の東京』戦略」を策定。2040年ビジョンを20個、と2030年戦略で21個を掲げた。今回のソーシャルボンドも、「『未来の東京』戦略」を実現するための資金調達という性格がある。
ソーシャルボンドの発行では、格付投資情報センター(R&I)からセカンドオピニオンを取得。国際資本市場協会(ICMA)の「ソーシャルボンド原則 2020(SBP 2020)」に適合していることが確認されている。
そもそも、日本の地方自治体の中で、東京都は最も自主財源比率が高い。それでも地方債をグリーンボンドやソーシャルボンドの形で発行し、積極的に外部からの資金調達を進める姿は特徴的だ。その狙いは何なのか。今回、東京都の吉浦宏美・財務局主計部公債課長、鈴木孝典・財務局主計部公債課統括課長代理、湯浅辰朗・財務局主計部公債課主任、木村茉莉子・財務局主計部公債課主事に当社CEOの夫馬賢治が話を聞いた。
(最左)湯浅辰朗 財務局主計部公債課主任
(左中)鈴木孝典 財務局主計部公債課統括課長代理
(中央)吉浦宏美 財務局主計部公債課長
(右中)木村茉莉子 財務局主計部公債課主事
(最右)夫馬賢治・ニューラル代表取締役CEO
起債の背景
夫馬
まず、今回のソーシャルボンド発行の経緯を教えてください。
湯浅氏
ソーシャルボンド発行の背景には、東京都が3月に発表した長期計画「『未来の東京』戦略」があります。同計画では、「構造改革」と「サステナブルリカバリー」の2つを軸に据え、2030年までの21の戦略と122の推進プロジェクトを明示しました。
今回の起債での資金使途は、「戦略2 子どもの『伸びる・育つ』応援戦略」、「戦略5 誰もが輝く働き方実現戦略」などに位置付けられています。ソーシャルボンドの発行を通じて、各戦略において都政が取り組むべき社会課題としている、多様な学習機会の確保、都民の雇用、中小企業の事業継続等の対策を進めます。
より具体的な資金使途としては、東京都中小企業制度融資に係る預託金が285億円、そして、特別支援学校の整備、チャレンジスクールの整備、雇用・就業促進施設等の整備の3つが各々5億円です。
東京都中小企業制度融資に係る預託金では、市中金融からの融資を受けにくい中小企業の資金調達を支援しています。現在、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、中小企業支援として制度融資が数多く活用されています。
特別支援学校の整備では、東京都立光明学園の新校舎を整備し、病弱教育部門を設置します。チャレンジスクールの整備では、小・中学校時代に不登校経験を持つ生徒等を受け入れる昼夜間定時制高校を、立川地区に開校します。雇用・就業促進施設等の整備では、都民の雇用・就業支援施設「東京しごとセンター多摩」を国分寺から立川へ移転し、八王子にある労働情報センターの機能も統合することで、就業相談から就職支援まで一貫提供できる体制を整備する予定です。
「ソーシャルボンド」であることの意義
夫馬
東京都は、自治体の中では最も財源に恵まれていると言えると思います。それでも、東京都が積極的に都債を発行し、外部投資家から資金調達しているのはなぜでしょうか。
吉浦氏
たしかに東京都は、財政規模は大きいものの、主な財源は都税収入となっています。その中でも特に法人税の割合が大きいため、景気の影響を受けやすく、税収は変動します。都財政を安定的に運営していくため、税収が多い場合は基金に積み立てを行い、不足する際には、都債の発行や基金を活用することにより対応しています。
夫馬
東京都が「『未来の東京』戦略」に掲げる案件は非常に多岐にわたります。その中からソーシャルボンドの資金使途をどのように決定したのでしょうか?
吉浦氏
充当事業については、庁内でも様々な議論がありました。実際に、行政サービスとして東京都が提供している事業は、いずれもなんらかの「ソーシャル性」があるものばかりです。ですが、その中でも、地方自治体第1号のソーシャルボンドとして、国際資本市場協会(ICMA)のソーシャルボンド原則に照らし、「誰もが納得できる資金使途」を選定することにしました。そうすることで、今後ソーシャルボンドを発行しようとしている他の自治体の方々に範を示したいと考えました。
夫馬
東京都はすでにグリーンボンド発行のフレームワークを定めているので、今回ソーシャルボンドを初発行するに際し、ソーシャルとグリーンの双方を資金使途にできる「サステナビリティボンド」での発行も選択肢としてはあったと思います。しかし、今回、あえて、ソーシャルボンドとして別立てての起債となりました。なぜでしょうか?
吉浦氏
「『未来の東京』戦略」で掲げた理念や金融分野からのSDGs実現の重要性を踏まえ、環境面以外の失業や災害といった様々な社会的課題の解決にも役立てるとともに、その取組を更に加速させるため、ソーシャルボンドが必要と考えました。そのうえで、起債に係るフレームワークを複雑化せず、可能な限り早期に発行したいという考えがありました。
また、東京都は、これまでグリーンボンドを自治体の中でいち早く発行するなど、その取組が市場にも認知されており、継続性が重要だと考えました。そして、起債後には、環境省のグリーンボンドガイドラインが整備され、他自治体においてもグリーンボンドが発行されるようになるなど、今回も東京都がいち早くソーシャルボンドを発行することで、他自治体のアクションにつなげられるのではないかと考えました。
推進していく中での学びと投資家の反応
夫馬
これまで複数回発行してきたグリーンボンドと、ソーシャルボンドでは、なにか発行での勝手の違いなどはありましたか?
吉浦氏
庁内でも浸透してきているグリーンボンドとは異なり、ソーシャルボンドは必ずしも皆が理解しているスキームではありませんでした。そのため、発行背景や意義を深く理解してもらえるよう、フレームワークの説明では、「わかりやすさ」を重視しました。
また、インパクトレポーティングについても検討を重ねました。行政では、膨大な統計データを開示しているのですが、一般にはなかなか認知されていないという課題も抱えています。今回、ソーシャルボンドで設定した指標も、これまで行政として公表してきたデータが元となるため、データそのものは目新しいものではありません。しかし、ソーシャルボンドのインパクトレポーティングという新たなチャネルを得られたことに大きな可能性と期待感をもっています。
夫馬
R&Iからセカンドオピニオン取得では、何かレビューを受ける中での論点となったものはありましたか?
吉浦氏
充当事業の適格性については綿密な調整を行いましたが、特に大きな論点はありませんでした。
夫馬
投資家からの反応は、どうでしたか?
吉浦氏
6月17日にソーシャルボンド発行に関するウェビナーを開催し、本当に多くの投資家の皆さんに参加いただきました。発行経緯や充当事業の内容に関する質問が多くあり、関心を強く持っていただけていると実感しています。また、発行意義に対する共感の声もいただき、その後の販売に向けた手ごたえもありました。
実際に、発行時には、おかげさまで爆発的な超過需要となりました。足許5年地方債の利率が0.010%の中、今回の東京ソーシャルボンドの利率は0.005%となり、タイト化が実現できました。
投資表明も43件集まっています。ソーシャルボンドということで、幼稚園、保育園、社会福祉法人など、通常の都債とは異なる投資家の参加があり、投資家層の拡大に寄与したという実感をもっています。このような形で都債のファンを集めることができたことは、本当に大きな成果だと思っています。
夫馬
ESG債発行の追加コストは、どのように受け止めていますか?
吉浦氏
たしかにESG債の発行では、セカンドオピニオン取得に追加コストが生じます。しかし、グリーンボンドやソーシャルボンドの発行では、通常は見られない投資家の参加につながっています。さらに、ESG債への投資を通じて、通常の都債へ投資してくださる方もいます。
資金調達という観点以外でも、私たちは、東京都の施策そのものを知っていただくということも狙いの一つとして考えています。実際に、本日もこうして関心を持って取材をいただいています。
こうしたことから、総じて、発行コスト以上に、発行のメリットは大きいと考えています。
夫馬
現在、コロナ禍という中にあり、東京都政に対しても、いろんな意見が寄せられているところだと思います。その中で、今回のソーシャルボンドの資金使途の大半を占める東京都中小企業制度融資は、コロナ禍でも中小企業の財務をたくさん支えてきたのだと思います。実際、どのような状況でしょうか?
湯浅氏
新型コロナウイルスの感染拡大が日本で始まった当初から、東京都では迅速に補正予算を組み、対応してきました。その中で、制度融資の目標額も大幅に増やしました。制度融資は、新型コロナウイルス感染症で影響を受けた中小企業の経営安定化や、新たな事業の展開に向けた円滑な資金繰りの支援を目的としており、長引くコロナ禍に対応すべく、幾度にもわたり補正予算を編成し、中小企業の皆様を支援しています。融資目標額は、新型コロナウイルスの感染拡大前で1.5兆円、令和3年度は2.2兆円です。制度融資を通じ、今後は、事業の多角化やDX、業態転換など、ポスト・コロナ社会に向けた事業者の様々な取組も後押ししていきます。
夫馬
東京都の「『未来の東京』戦略」には、「国際金融都市・東京」実現プロジェクトとして、ESG投資を促進していくものもありますよね。
吉浦氏
東京都では、金融機関のESG投資の普及・促進の観点から、積極的にESG債を発行していきます。先日、「国際金融都市・東京構想」改定案が公表され、これから各部署が具体的に施策化を進めていくことになります。その中で、ESG債発行に取り組む各発行体の皆さんをバックアップしていく施策も検討していく予定です。
ソーシャルボンド発行を目指す他の自治体の方々に向けて
夫馬
いま自治体の中には、ソーシャルボンドやグリーンボンドの発行を検討しているところも増えてきています。ぜひその方々へのメッセージをお願いします。
吉浦氏
たしかにESG債発行を資金調達の手段ととらえるのであれば、通常の起債以上に手続き等の面で大変な部分もあります。
一方で、ESG債発行に際しては、発行体として社会的課題や事業実施により得られる効果を十分に見極めることはもちろん、何より投資家の皆様に発行意義などを理解してもらわなければなりません。そのため、単なる資金調達の手段ではなく、発行体の取組を理解してもらい、これをきっかけとして、発行体のファンとなっていただく機会だと捉えることが重要だと考えています。
東京都といたしましても、投資家の皆様からのご理解を得つつ、今後も引き続きグリーンボンド、そしてソーシャルボンドを発行していきたいと考えていますので、ご期待ください。
聞き手:
夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO)
執筆:
菊池 尚人(株式会社ニューラル 事業開発室長)