韓国系米国人ビル・フアン氏が経営するファミリーオフィス投資助言アルケゴス・キャピタル・マネジメントは3月26日、レバレッジ投資取引に関する銀行からのマージンコールが不履行に陥った。その影響を受け、世界中の多くの金融機関で多額の損失が発生する形となった。
ビル・フアン氏は以前、タイガー・アジア・マネジメントという運用会社を経営していたが、2012年に米証券取引委員会(SEC)からインサイダー取引で処罰され、4,400万米ドルの罰金を科されている。その後、フアン氏は、アルケゴスを2013年に創業。規制対象とならないファミリーオフィス向けの投資助言業に特化することで、目立たない形で巨額の資金を動かす地域を徐々に築いていった。
今回の事件の発端は、「オールドメディア」に属する米バイアコムCBSと米ディスカバリーに対するレバレッジ投資が原因と言われている。特にバイアコムCBSは、2020年までは株価が30米ドルから40米ドル当たりを推移していたが、2021年から一気に上昇し、3月22日には100米ドルを突破。しかしそこから暴落し、3月26日には50米ドルを下回っていた。この投資については、アルゲゴスがレバレッジ投資で大きなポジションを築いていったとみられている。
アルケゴスのレバレッジ投資を、プライムブローカーとして支えていたのが、モルガン・スタンレー、次いでドイツ証券だった。アルケゴスは、2016年から2018年までJPモルガン・チェースにも接触したが、JPモルガン・チェースはプライムブローカーは拒否。そして、ゴールドマン・サックスにも接触したが、同社のコンプライアンス部門は数年間拒絶していた。しかし営業部門は直接、同社の取締役に掛け合い、2020年12月にプライムブローカーサービスを開始していたという。
プライムブローカーサービスを提供していた投資銀行は、スワップでアルケゴスのポジションを保有していた。具体的には、投資銀行が自社名義でアルケゴスのために株式を購入・保有し、スワップ契約でアルケゴスにポジションの権益を移転していた。アルケゴスは、投資銀行に対し、ポジション分に応じた手数料と、融資分の金利を支払っていた。さらにバリエーション・マージンという担保手法も採用し、バイアコムCBSの株価が上がれば投資銀行はアルケゴスに報酬を支払い、一方、株価が下がればアルケゴスから投資銀行にマージンを支払う契約だった。マージン支払が履行されない場合は、投資銀行は名義保有している担保株式を売却し、強制的にマージンを回収するというリスクマネジメントが想定されていた。
3月22日、バイアコムCBSは増資と転換社債で合計30億米ドルの資金調達計画を発表したのを機に、株価暴落が開始。3月25日には、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、ドイツ銀行、クレディ・スイス、野村ホールディングス米子会社は協議を実施、バイアコムCBSの株価が回復するかもしれないという期待の中で、アルケゴスを救済するため、代理保有株式の売却を保留する合意を模索。フアン氏に損失の一部を負担するよう要求したが、不調に終わった模様。その後、ゴールドマン・サックスは3月26日、市場で105億米ドル(約1.2兆円)のブロック取引を実施。アルケゴス向けに保有していたバイアコムCBS株式を一斉売却している。モルガン・スタンレーとウェルズ・ファーゴもそれに続いた。ドイツ銀行も売り抜けたという。3社の大量売却により、バイアコムCBS株価はさらに下がっていった。
週明けの3月29日、5銀行協調を期待し、売却が遅れたクレディ・スイスは「著しい損失の可能性がある」と発表。30億米ドルから40億米ドルの損失の可能性と報じられた。野村ホールディングスも同日、約20億米ドル(約2200億円)もの損失の可能性を発表。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下の三菱UFJ証券ホールディングスは31日、欧州子会社で約2.7億米ドル(約300億円)の損失発生を発表した。みずほフィナンシャルグループも4月1日、約100億円の損失と報道された。UBSも損失の可能性があるという。
今回の事件は、規制が緩いファミリーオフィス投資助言企業で発生。一方、多額の損失が出たことで、当局は損失を出した投資銀行への監督を強める意向を示している。ファミリーオフィス向けでも今後、規制強化の動きが出てくる可能性もある。
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