大阪府100%出資の大阪府住宅供給公社が6月19日にソーシャルボンドを80億円発行した。そのうち満期一括債と定時償還債が各々40億円ずつで、年限は双方20年。格付はR&IでAA-。利率は満期一括債で0.540%(対国債スプレッド+16bp)、定時償還債が0.369%(対国債スプレッド+31bp)。主幹事証券会社は三菱UFJモルガン・スタンレー証券とみずほ証券。
住宅供給公社とは、地方住宅供給公社法に基づき都道府県や政令指定都市が設立する特別法人。もともとは、戦後の著しい住宅不足を解消するため、1950年に大規模な住宅供給を目的に設立された「大阪府住宅協会」が前身。1960年代からは「団地」を各地で建設し、団地という社会文化を創造していく担い手となった。
住宅開発の推進者として活躍した地方住宅供給公社の中には、1990年代前半のバブル崩壊を期に経営難に陥ったところもあったが、大阪府住宅供給公社は厳しい時代も優良な賃貸住宅を保有していたことから、安定した賃貸収益を維持し、その後も借入金を自力で返済してきている。2019年3月期の事業収益(売上に相当)は、220億円で、そのうち賃貸収益が139億円、大阪府営住宅の管理や計画修繕等の受託事業が81億円、分譲収益が1200万円。当期純利益は22億円。近年は賃貸住宅稼働率を90%以上と高い水準で推移しており、借入金残高も2022年3月期目標の1400億円を前倒しで達成し、2019年3月期で1367億円となった。
大阪府住宅供給公社の事業地域である大阪府は、人口は1995年から概ね880万人で横ばいなのに対し、世帯数は毎年右肩上がりの状況。1995年に330万だった世帯数は、2019年には408万世帯となった。二人暮らしや一人暮らしの高齢者世帯の増加もあり、求められる住宅のあり方も変化してきている。
地方住宅供給公社に加え、土地開発公社と地方道路公社という地方自治体が全額出資して設立する3つの公社を「地方三公社」と呼ぶが、今回の発行は地方三公社の中で初めてのソーシャルボンド発行となった。大阪府住宅供給公社は2019年12月に「将来ビジョン2050 ~“住宅”供給公社から“生活”供給公社へ~」を策定しており、今回発行のソーシャルボンドとも関係があるという。21世紀の公社の役割は何か。団地はこれからどのように変化していくのか。大阪府住宅供給公社の伊藤旨信経営企画課参事兼企画・財務グループ長に話を伺った。
大阪府住宅供給公社の今の状況は?
大阪府住宅供給公社の現在の事業は、賃貸事業が中心になっています。公社が保有している物件が約2万戸、府営住宅の指定管理者として千里及び泉北ニュータウンの2地区約3万戸、あわせて約5万戸の物件を管理しています。その中で、公社保有の約2万戸の物件の多くは、高度経済成長期の住宅が不足していた時期に建設されたもので、いわゆるニュータウンと呼ばれるものもあります。建設から40年から50年が経過しており、建物や設備の老朽化が課題となっており、建替や耐震工事が重要な取組となっています。
またソフト面の対応では、高齢者世帯や若年子育て世帯の支援、またそれらを含めたコミュニティ活性化が重要テーマとなっています。
賃貸事業では民間事業者もたくさんある今、公社が果たしている役割は何か?
公社では、高齢者や外国人の方などの住宅確保要配慮者に賃貸物件を提供していくという重要な役割があります。このあたりは、大阪府が出資している公社として、営利面だけでなく、社会が必要とする物件を十分に提供していくという大阪府の住宅政策と密接な関係性にあります。
例えば家賃補助の面では、新婚・子育て世帯で、収入が一定基準以内の方には⼤阪府の「新婚・子育て世帯向け家賃減額補助制度」、満60歳以上の方で一定の条件を満たす方には国と大阪府から家賃補助の付く「高齢者向け優良賃貸住宅制度」を用意しています。また、一般賃貸住宅でも、募集開始から7日間は、新婚世帯や子育て世帯、妊娠している方がいる世帯の方が優先的に申込できる制度などもあります。今年1月からは、LGBTなど性的マイノリティの方を対象とした「大阪府パートナーシップ宣誓証明制度」の開始に伴い、パートナーシップ関係にある方が婚姻関係の方と同じように入居いただけるようにもしました。
今回ソーシャルボンドを初発行するに至った背景は?
当公社は2019年12月に「将来ビジョン2050」を定めました。それまでも経営理念や中期計画というものは掲げていたのですが、長期計画は立てられていませんでした。そこで今回の「将来ビジョン2050」では、実現していく将来像として「“生涯住み続けられる”住環境の実現」「“住まう価値”が持続するまちづくりの実現」「“日本の将来をリードする団地”として社会的課題を解決」の3つを定めました。
当公社では、かねてより経営改善が大きな経営課題となっておりまして、2011年度から調達コストを低減するため社債の発行を開始しました。特にここ数年間は、ソーシャルボンドやグリーンボンドでの発行についてご提案も多く、そこからソーシャルボンドの内容についての勉強を始めたというのが正直なところです。ですが、いろいろ調べていく中で、当公社が重視している社会性や、「将来ビジョン2050」との親和性がすごく高いという感覚になりました。
しかし社会性については、当公社独自の考えだけでなく、しっかりと外部の方から評価していくことが重要だとも考えていました。そのときソーシャルボンドでは、当社が重視する社会性をしっかりと第三者の専門家の目線で評価、確認していただけることに魅力を感じました。そのような形にすることで、投資家層の拡充も図れるのではないかと考えました。
実際に準備を進めていく中で何か発見はありましたか?
社内での話になるのですが、セカンドパーティ・オピニオンを得る上で、まずは当社の事業内容をきちんと整理しようということになりました。当社のどのような部分が「ソーシャル」と呼べるのかについて、社内で検討・議論できたことはよい経験となりました。
少し変な話かもしれませんが、我々のような公社では、かつて経営破綻をしたところもありましたので、ここしばらくは経営改善をひたすら強化しなければいけないという思いが非常に強くありました。しかし今回、ソーシャルボンドを発行するに際し、社内で議論を続けた結果、当社は非常にソーシャルな面が大きい存在だということを皆で再認識できました。
そういう点で、職員の間での意識にも影響があったと思います。当社は賃貸事業がメインですので、空室率ですとか、さらなるコスト削減ですとか、そのようなことにばかり注目しがちでした。ですが、団地の入居者の方に喜んでいただくですとか、コミュニティの活性化ですとか、すぐに利益になって現れるものではないかもしれませんが、長期的な視点から団地の再生に向き合う姿勢がより強く感じられるようになりました。これは大きな変化だと思います。
団地やコミュニティの活性化は今後の地域社会にとって重要なテーマですね
そうなんです。例えば、大阪府の南部に位置している泉北ニュータウンというところに茶山台という団地があるんですが、ここに2018年に「惣菜カフェ」というものをはじめました。これは、団地の一室をNPO法人に惣菜屋さんとして運営してもらうという取り組みです。「丘の上の惣菜屋さん『やまわけキッチン』」という名前が付いています。
この惣菜屋さんには、昼ごはんを食べに来たり、惣菜を買いに来たり、野菜を買いに来たりと、人が集まってくるんです。団地には高齢者の方が多くなっており、いわゆる「孤食」の状況にある方もいるのですが、惣菜屋さんに来ることが集まるきっかけになって、そこに憩いの場が生まれるんですね。住民の方に非常に喜んでもらっています。
さらにこの団地には「茶山台としょかん」という場所もあるんです。この図書館は、住民の方が家から本を持ち寄って、団地内の集会所を図書館にしているんですね。そうすると地域のお子さんが学校帰りに寄ったりですとか、図書館を運営している方が子供向けのイベントをやったりと、今まで知り合いではなかった方が、仲良くなるということが始まったんですね。
確かにこれらの施策によってすぐに空き家が埋まるかというと、そうではないのかもしれませんが、こうした形でコミュニティを創出していくことは、長い目で見れば団地の再生につながってくると信じています。
そうした中で、今回のソーシャルボンドの資金使途は?
今回のソーシャルボンドの発行にあたっては、3月に「ソーシャルボンド・フレームワーク」というものを策定しました。その中で、事業の資金勘定を分けなければいけない府営住宅管理事業については対象外となりましたが、当社の主要事業である賃貸住宅事業、宅地管理事業、分譲マンション管理・建替えサポート事業、府営住宅の計画修繕や入居者選定の受託業務も、セカンドパーティ・オピニオンの中で適格性があると判断いただいています。
資金使途の適格性では、当社が良質な居住環境を提供していくという住生活基本法に基づく大阪府住生活基本計画「住まうビジョン・大阪」を実行する役割を担っているということが深く関係しています。この基本計画では、子育て世帯や高齢者などへの賃貸住宅の供給を含めた地域のまちづくりを掲げており、公社も少子高齢化の進展や生活様式の多様化、その他の社会経済情勢の変化に対応するという社会的課題の解決に貢献していくことが使命となっており、そこを社会性として評価いただいています。
投資家からの反応は?
今回は新型コロナウイルスによる自粛状況での発行でしたので、通常よりは機関投資家に直接説明に行くということができませんでしたが、十分な手応えを感じることができました。実際に、今回の発行では16件の投資表明をいただくことができました。その中で、今回ソーシャルボンドという形で発行したことで初めて興味を持っていただいた投資家も複数ありました。
私自身も初めてソーシャルボンドの発行に携わりましたが、機関投資家のESG投資への関心を強く感じました。
あらためてソーシャルボンドとして発行した価値は何でしたか?
日本ではソーシャルボンドやグリーンボンドとして発行しても、特にスプレッド(金利)面で有利になるわけではないという話を伺っています。一方で、発行する側としては、セカンドパーティー・オピニオンを取得する費用や、我々自身の準備負担も増えます。費用が増えるのに金利面でのメリットがない形での発行がなぜ最近増えてきているかということについて、内部でものすごく議論し、突き詰めて考えました。
その結果、我々の事業を外部の方から実際に評価していただけるということに非常に大きな価値があるという結論になりました。
今後の大阪府住宅供給公社の重点テーマは?
公社の役割は、ニュータウンのような大規模開発から、既存物件の有効活用へと役割が変化してきています。団地に対しては、若い方には抵抗感もあるようで、建替やリノベーションなどで喜んで入っていただけるような工夫をこれからもしていきたいと考えています。
特に公社の強みは、各市町村と深く連携できる点です。各市町村の子育て支援施策に合わせ、公社の敷地内に子育て支援施設を導入したりすることもできます。そうやって付加価値を高めることができると考えています。
公社独自にも、隣接する2つの住戸を1つにつなげたリノベーション住宅「ニコイチ」の提供や、入居者が自由にDIYをできる「団地カスタマイズ」制度を導入しています。
そしてこれからは地震等の災害も懸念されています。公社としては、まとまった数の避難住戸を提供することもできますし、これまでも実施してきました。今回の新型コロナウイルスでも、所得が一時的に大きく下がった入居者の方には支払猶予という形で家賃のお支払いを延期する措置を実施させていただきました。
また、発行準備をすすめる中で、投資家から「なぜグリーンを含めたサステナビリティボンドにしないのか?」という声もありました。その部分は、正直当初は賃貸事業では取り組めることが少ないのかもしれないと思ってしまっていたのですが、あらためて声をいただき気付かされることも多くありました。賃貸事業でも、オフィスなど実施されている環境対策はたくさんありますし、公社には民間事業者にはできない分野を積極的に実施していく使命があると思っていますので、グリーンについても検討していきたいと思っています。
聞き手: 夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO)
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