増田英子 経営管理部サステナビリティ戦略担当課長 私のいるサステナビリティ戦略担当は、当社として「サステナビリティ経営」を確立するために、2019年4月に設立された新しい部署です。「東京メトロプラン2021」を策定する中では、当社の事業とSDGs(国連持続可能な開発目標)の関連性を整理するということも行いました。確かに当社の事業は社会性の高い事業だと思いますが、とは言いながら、社会性の高さを定量的に示すことはできていませんでした。
サステナビリティボンドの発行では、発行後のレポーティングなどで、定量的にインパクトを示すことが求められています。サステナビリティボンドの発行を通じて、当社の社会性の高さを定量的に示し、また社会全体に示すことで社内でもそれをしっかりと推進していけるのではないか。そういった狙いも、サステナビリティボンド発行には込められていました。
議論の過程で見えてきた東京メトロの社会性のポイントは?
増田氏
いろいろな声も聞きながら見えてきたことは、やはり安全性の高さや、災害やテロにも強い交通機関であることが重要だということでした。これらは、いままでも当社として最重要視していましたので、あらためて重要性を確認できたというものでした。一方で、環境面では、今以上に意識を高めていかなければいけないという課題も見えてきました。
今回のサステナビリティボンドの資金使途は?
増田氏
資金使途の決定では、私たちの部署及び財務部で、社会と環境の両面から効果のある資金使途を検討・確認をした上で、社長が最終決定するというプロセスで進めていきました。
今回のサステナビリティボンドの資金使途は、全部で3つあります。
まずは、丸ノ内線の新型車両である「丸ノ内線2000系」の導入費用です。従来の「丸ノ内線02系」車両と比べて、電力消費量を約27%削減できるものになっており、ICMA(国際資本市場協会)のグリーンボンド原則(GBP)の「クリーン輸送」に該当します。また、気象災害などで停電した際に、最寄駅まで走行できる非常用走行バッテリーを搭載しており、「気候変動適応」にも対応したものとなっています。非常用走行バッテリーの搭載は、ここ10年ぐらいで業界全体に普及してきていますが、当社はいち早く搭載を決めていました。
さらに、万が一の脱線時に列車を自動停止させる脱線検知装置も搭載しましたが、搭載は丸ノ内線2000系が当社初です。また車椅子やベビーカーなどのご利用に対応するフリースペースを全車両に設置しています。地下鉄の場合、基本的に暗い地下トンネルの中ですので、非常時でも乗客の方を不安にさせず、安全に誘導できるように特に気を配っております。これらはICMAのソーシャルボンド原則(SBP)の「基本的インフラ設備」に該当します。
丸ノ内線2000系車両は、一部は2019年2月から運行していますが、2023年度までに全52編成を導入する予定ですので、その費用の一部が今回の資金使途の対象となります。
2つ目は、駅のホームドアの整備です。ホームドアは、線路への転落や列車との接触などのホーム上における事故防止を図る設備です。当社では南北線から始まったホームドア設置も、2020年3月末の時点で76%まで整備されましたが、2025年度末までに全駅へのホームドア整備を完了する予定です。こちらも同様に「基本的インフラ設備」に該当します。
3つ目は、太陽光発電です。当社は地下鉄なので地上に施設が少ないのですが、東西線などの地上駅のホーム屋根などに太陽光発電パネルを設置して自家発電し、駅設備の電力として消費しています。2021年度末までに丸ノ内線四ツ谷駅と千代田線北綾瀬駅にも太陽光発電パネルを設置する計画を進めています。こちらは「再生可能エネルギー」に該当します。
資金使途全体としては、リファイナンスが50%、新規が50%です。特に新型車両については、これから導入のものが多くありますので、新規の割合が高くなっています。
今回これらを資金使途として選んだポイントは?
小澤氏
実は他にも候補はたくさんありました。サステナビリティボンドの発行には、当社の社会性を知っていただくという狙いがありましたので、最終的には社外の方から見てわかりやすいものを選んだというところはあります。
また、当社において重要度の高い「安全性」を高めるためには、ホームドアなどは非常に関連性が高いと思っています。
コロナ禍での発行となりました。不安はありませんでしたか?
小澤氏
サステナビリティボンドに対して、当社の経営陣の間では、積極的に発行していこうという考えが強くあり、その上で準備を続けてきました。ですが、4月にいざ発行というタイミングとなり、コロナ影響が非常に強い状況でしたので、今発行すべきなのか、という意見もありました。しかしそれでも、サステナビリティボンドは、当社が中長期的に目指すもののために発行するのであり、そこはぶれずにやっていこうという結論となりました。
発行条件では、年限を最終的に10年としました。鉄道会社では、非常に期間の長い設備投資案件もあり、例えばトンネルは減価償却期間が60年間に設定されています。ですが今回の選定した資金使途のプロジェクトは、比較的短期間に導入できるものが多いことから、10年としました。
実際に発行して、結果はどうしたか?
小澤氏
非常によいものになったと考えています。まず、債券発行におけるサステナビリティボンドの目的として、投資家層を拡大したいとの考えがありましたが、実際に今回の発行では30の機関投資家から投資表明をいただくことができました。同じ時期の他社の発行と比べても、非常に多くの投資表明をいただけたと思っております。
またそのうち7機関については初の投資表明と聞いており、円債で初めて投資表明をされた海外機関投資家も含まれていましたので、コロナの状況で当社がサステナビリティボンドを発行したことが、日本のサステナビリティボンド市場そのものの拡大にも寄与できたと感じています。
別の観点では、SDGsやESGに関連するサステナビリティ経営に関する状況や考え方について、投資家に直接説明できる機会を得ることができたというメリットもありました。
サステナビリティボンド発行での追加コストはどう捉えましたか?
小澤氏
確かに、セカンドパーティー・オピニオンの取得などの追加コストはありましたが、サステナビリティボンドの発行は、当社の事業を知っていただくという広報の意味合いがありましたので、その面では追加コストは十分にペイするものだと判断していました。
また今回の発行で投資家が当社に関心を持っていただき、将来の発行で利率などを好条件に進められる可能性があるのであれば、むしろコスト面でも利点があると捉えていました。
ですので、追加コストは、サステナビリティボンド発行の障壁には全くなりませんでした。
東京メトロの今後の展望は?
小澤氏
当社は、東京を基盤に事業を展開しています。ですので、東京が盛り上がっていくことが、当社の成長にも直結してきますし、「東京メトロプラン2021」の中でも、「東京の魅力・活力の共創」を打ち出しています。当社のサステナブルな成長のためにも、やはり東京という地域そのものを盛り上げていける存在になっていきたいと思っています。
増田氏
今回の発行を通じて、社内の組織を活性化することができたという効果もありました。SDGsはどうしても従業員一人ひとりの視点からすると、少し遠いもののようにみてしまうようです。ですが、今回、車両の性能や太陽光発電など社員自身が手掛けているプロジェクトと紐付けて理解することで、自分たちの仕事がSDGsとつながっているという感覚を持つことができたという声も得られました。
私達自身も、今回の発行によって、これまでは少し関係性が薄かった部門とも直接じっくり話をするという機会を持つことができました。今後、当社のサステナビリティ経営のレベルをより一層高めていく上でも、社内のコミュニケーションを活発化できたという効果をみても、発行をしてよかったと感じています。
(左) 山川祐典 財務部財務課課長補佐
(中左)小澤武士 財務部財務課長
(中右)増田英子 経営管理部サステナビリティ戦略担当課長
(右) 志田裕介 経営管理部サステナビリティ戦略担当課長補佐
聞き手:
夫馬 賢治(株式会社ニューラル 代表取締役CEO)