2015年に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」。この「SDGs」という言葉を、昨今耳にする機会が多くなってきました。SDGsが掲げる17の目標、169のターゲットには、「誰一人取り残さない」世界の実現に向け、政府、企業、投資家、NGO等が一丸となって取り組まなければならないテーマが整理されています。日本でも、2016年5月に政府が内閣に「SDGs推進本部」を設置。2017年11月8日には、日本経済団体連合会(経団連)も「企業行動憲章」を改定し、SDGsの達成を掲げました。日本証券業協会も同9月19日、「証券業界におけるSDGsの推進に関する懇談会」を設置し、積極的に取り組む姿勢を見せています。
SDGsが提唱する「誰一人取り残さない」世界の実現は、発展途上国だけでなく、先進国も対象と位置づけられています。しかしながら、課題が多い地域はやはり発展途上国。キャパシティ・ビルディング(能力開発)の機会も不足している発展途上国では、依然として先進国のナレッジを活用した取り組みが求められています。そして、とりわけSDGsで強調されているのが、企業の役割です。継続的な事業活動(ゴーイング・コンサーン)を原則とする企業が、課題解決と事業活動を結びつけることで、大きなインパクトを生み出すことができると期待されています。
他方、日本企業の発展途上国ビジネスについては、欧米諸国の大手企業と比べ、成功事例が少ないとも言われている実態もあります。いかに発展途上国でのビジネスを成功させられるかという課題は、今や至上命題とも言えます。
そうした中、日本の政府開発援助(ODA)の実施機関である国際協力機構(JICA)の民間連携事業部は2017年2月17日、第1回となる「途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査」の案件募集を公示。SDGs達成に資する途上国でのビジネスモデル開発を行う企業に、1件当たり最大5,000万円を支援する制度をスタートしました。この制度は、JICAが2010年から実施してきたBOPビジネスの調査制度を発展的に引き継ぐ形で誕生。いわゆる「貧困層向けビジネス」だけでなく、SDGs達成に寄与する幅広い案件の募集を受け付けています。第1回の採択結果は2017年7月10日発表され、コニカミノルタ、ユーグレナ、ボーダレス・ジャパン、臼井農畜産、モンスター・ラボの5社の案件が採択。続いて、同9月15日から10月16日までに第2回となる案件募集の公示が行われ、目下、案件採択に向けた審査が進められています。
【参考】【日本】JICA、SDGsビジネス支援採択案件5件を発表。ビジネス調査費用を助成(2017年7月14日)
JICAは、新たにスタートさせた「SDGsビジネス調査」では、5,000万円という資金支援だけでなく、発展途上国でのビジネス成功に向けたJICAが持つ他のリソースも活用していくことができるとしています。そこで、JICAの民間連携事業部の制度担当者に、制度の背景や制度活用のメリットについて伺いました。
(左)宮田尚亮 広報室報道課 企画役
(右)青木信彦 民間連携事業部連携推進課 主任調査役
SDGsビジネス調査制度の概要を教えてください。
青木信彦氏
JICAは2008年に民間企業との連携を推進する専門の部署である民間連携室(現:民間連携事業部)を設置し、2010年からBOPビジネスを対象にした調査支援制度を実施してきました。今回この制度を変更し、広くSDGsに貢献するビジネスを対象としました。これは、SDGsが採択されたことを一つの契機に、企業等とのパートナーシップを通じて取り組む領域を、BOPビジネスからさらに拡大していきたいというメッセージでもあります。さらに、昨今ESG投資という大きな動きが出てきた中で、より多くの企業にJICAの民間連携制度を活用して頂けるよう、ビジネスと途上国開発の共通言語としてSDGsをテーマとして位置付けました。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が持続的な企業価値向上の観点でSDGsへの取組みを推進していることも、重要な動きだと考えております。
SDGsについては、日本企業の経営層での認知は高まってきたものの、まだ事業活動の中に組み込むまでには至っていないところが多いと認識しています。日本市場における大手企業であっても、途上国の情報やネットワークは十分でないという場合も多いと思いますので、途上国の課題解決に資するビジネスを展開するにあたり、JICAを事業パートナーとして捉えて頂き、連携して取組んでいければと考えています。本制度へは、日本国に登記している法人であれば、企業規模を問わず応募できます。1件当たりの資金支援は5,000万円まで、期間は最大3年間です。
これまでの実績としては、前身のBOPビジネス調査制度において、計10回の公示に対し624件の応募を受け、114件を採択。また、第1回のSDGsビジネス調査の公示では、24件の応募を頂き、5件を採択しました。今回の応募案件の対象地域は、東南アジアと南アジアが大半を占めました。案件の内容について、栄養改善や農業といった従来のBOPビジネスに加え、難民とともにビジネスに取り組む新しい分野の案件も採択させて頂きました。採択に至らなかった提案においても、これまでBOPビジネスの枠では捉えられなかった様々なビジネスモデルの提案を頂き、案件の広がりを感じています。
第1回の採択では10件程度の採択予定に対し採択実績5件でした。厳しい審査がなされたように思いますが。
青木氏:
案件審査において、主に事業性と開発効果の両面から評価させて頂きますが、審査基準をクリアしたのは5件に留まりました。本制度は、調査の結果、実証したビジネスモデルの事業性を判断して頂くことを想定していますので、応募段階で、ある程度の事業計画の熟度を求めています。ご応募頂いた提案の中には、現地に行ったことがない、現地でのニーズを確認していない、売ろうとしている商品の現地での効用が不明、スマホアプリやタブレット端末を活用する案件なのに現地のインターネット環境を確認していない、というものもありました。本格的な調査をする前の応募なので不明点があることは承知していますが、ビジネスモデルの前提となる基本的な事業環境等は、現地に赴きご確認頂ければと思っています。
SDGsビジネス調査制度は、現地のニーズそのものを調べる初期調査に使って頂くのではなく、ニーズを確認した後に事業性判断のためにビジネスモデルを構築していく段階での活用を想定しています。なお、今回採択できなかった案件や、新規のご提案についても、引き続き次の応募に向けたご相談をお受けしています。
企業がJICAと連携する意義やJICAの強みは何でしょうか?
青木氏:
JICAは、40年以上に渡って発展途上国での開発援助を行ってきました。JICAが培ってきたものとして、現地の政府関係機関との高い信頼関係とネットワークがあります。
以前、BOPビジネス調査制度の採択企業に制度活用のメリットをアンケートしたところ、1番に挙げられたのはネットワーク支援、2番が情報提供、3番目に資金支援という回答が得られました。私自身も、過去の採択企業から、“JICAの採択事業”であるということで、自社単独では時間を要する現地の関係機関やコミュニティからの信頼を早期に得られ、ビジネスの立ち上げを円滑に進められたという声を直接頂きました。JICAの在外事務所を通じて現地の適切な関係機関の紹介を受けられたことや、既存の技術協力プロジェクトとの連携をメリットと感じてくださった企業もありました。このように、事業化に向けて、本部の関係部署と在外事務所が一体となって現地情報に根付いたアドバイスをさせて頂いています。
一方、採択企業の方からは、社内での体制強化の面でもメリットがあったという話も伺いました。通常の新事業立ち上げであれば、担当部署の限られたリソースしか使えなかったのが、JICAに採択されたことで、社内の各方面や経営陣からも注目を集め、社内のリソースを使いやすくなったそうです。また、JICAの採択案件として社外に広報することで、社外関係者や投資家からの認知度を上げられたという効果もあったそうです。
私たちは、日本企業等と良いパートナーシップが築けるよう、資金支援以外のメリットについてもより分わかりやすく伝えていきたいと考えています。
JICAは開発援助の中で、日本企業の技術やノウハウの活用可能性のある様々なニーズを現地で把握していると思いますが、そのような情報の発信や事業パートナーとなる現地NGO等と連携する際のサポート等もありますか?
青木氏:
現地ニーズについては、「民間企業の製品・技術の活用が期待される開発途上国の課題」という形で、ウェブサイト上で情報発信していますが、分野・地域とともに必ずしも網羅的ではないので、もっと情報を充実させていければと思っています。また、現在の民間連携の制度では、応募企業の発意で、対象国・分野を選定して、ご提案頂いていますが、今後は、JICA側からも企業との連携を期待する課題や分野等を提示して、案件を募集するような形も模索していければと思います。
また、企業がビジネスモデルを検討する発端となる様々なニーズの情報を在外事務所や各プロジェクトに派遣されている専門家、ボランティア隊員などが日々接していると思いますので、こうした貴重な情報リソースを一層活用するための仕組みづくりも必要であるように感じています。
現地NGO等の紹介について、在外事務所によっては、他のODA事業を通じて現地NGOや関連団体等のネットワークを整備している場合がありますので、ご希望に応じて、情報提供をさせて頂いています。
欧米先進国では企業と開発援助機関との連携が非常に進んでいると思いますが、JICAと他国の機関とでは何か違いがありますか?
青木氏:
私は今年3月、米国の開発援助機関である米国国際開発庁(USAID)に短期出向する機会がありまして、JICAとUSAIDの違いを色々感じました。例えば、USAIDでは、途上国開発において民間セクターが主要なアクターであるとの認識のもと、USAIDだけで事業に取り組むのではなく、あくまで自己投入を“呼び水”として企業や他機関のリソースを積極的に動員する触媒としての役割に注力しようとしていました。有力なグローバル企業については、対等な開発援助のパートナーとして重視し、特に関係の深い企業については40名ほど担当職員を設置して、定期的にコミュニケーションをしています。その職員は担当の企業が世界中でどのような事業展開を行おうとしているかを把握しており、USAIDがそれぞれの国で実現したいこととの情報交換を日々行うことで、事業・開発両面で相乗効果の高い案件形成に繋げているようです。
またスウェーデンの国際開発協力庁(SIDA)を訪問した際には、SIDAが20社ぐらいの有力企業のCEOが集まる円卓会議を主催して、SIDAと経済界が協力できる枠組みを活用していると伺いました。
各国にはそれぞれ方針や支援のあり方の違いがあり、一概には言えませんが、JICAと日本の経済界との間にパートナーシップを築くため、JICAができることは多いと思っています。現在のJICAの民間連携の各制度は、企業がセクターや地域を任意に選択して提案して頂くような形態ですが、企業側とJICA側の関心やリソースを効果的に摺り合わせて相乗効果の高い案件を形成していくメカニズムを考えていく必要があると思います。また、JICAは、各国の開発援助機関や国際機関、国際NGOや財団などとの繋がりがありますので、JICAとの連携を通じて、こうした機関への橋渡しも積極的に進めていきたいと思っています。
国内の他の機関との連携はありますか?
宮田尚亮氏:
一つ例を挙げるとJETRO(日本貿易振興機構)の例が挙げられます。JICAはまさに今、JETROとの連携を深めているところです。最近では、お互いの事業内容や優良事例をまとめた事例集を一緒に制作しました。JICAは開発援助機関としてプロジェクトの実施や各セクターの情報等を強みとしている一方、JETROは市場調査やマーケティングに長けていると思います。JICAに相談に来た企業に、JETROを紹介することもあります。SDGsビジネス調査制度の採択案件でも、JICAとJETROの双方で支援している企業もありました。SDGsビジネス調査制度に応募を検討される際に、まず事前の市場調査、ニーズ調査の段階でJETROと相談することも非常に有意義だと思います。
また、地域金融機関との連携も深めています。JICAには、SDGsビジネス調査制度の他に、中小企業の支援に特化した「中小企業海外展開支援事業(基礎調査、案件化調査、普及・実証事業」)という制度もあり、日本の中小企業の持つ優れた商品・技術を途上国開発に活用するご支援をさせて頂いています。これら中小企業を始め、地域の企業との豊富なネットワークを持つ地域金融機関との連携により、海外展開企業の新たな発掘や、一層充実したサポートが可能になると考えられます。
SDGsで重要となるインパクト測定では国連が測定手法を検討したりしています。今回の案件ではJICAはインパクト測定をどのように考えますか?
青木氏:
私たちも、SDGsおいてインパクト測定が重要となると認識しています。一方で、今回の制度変更を通じて、SDGsに取り組む企業の幅広い参画を目指したいと考えているため、現時点では、精緻なインパクト測定までは求めていません。応募段階では、ビジネスを通じて寄与し得るSDGs目標とターゲットを設定し、ビジネスを通じて貢献する定量的な効果とロジックを示して頂くに留め、調査中のパイロット事業で実証して頂く内容です。日本企業におけるSDGsビジネスへの取組みの広がりとともに、今後の制度運用を通じて、より精度の高いインパクト測定も目指していければと思います。
SDGsビジネス調査制度に応募を検討している企業や、その他多くのSDGs関連事業を検討している企業に向けてメッセージをお願いします。
青木氏:
JICAと言うと青年海外協力隊や大規模なインフラ事業というイメージが強く、自社のビジネスとは関係しないと思われるかもしれませんが、SDGsビジネス調査制度など、多くの企業のビジネスに活用頂けるものがありますし、さらに現地のネットワークや情報など様々なリソースを通じてご支援できることを是非お伝えしたいと思います。SDGsは、あらゆるステークホルダーが連携しなければ達成できない非常に高い目標ですので、優れた技術やノウハウを有している日本企業をパートナーとして、SDGs達成に向けて一緒に取り組んでいければと思います。
発展途上国では今もJICAを始め日本の協力に感謝する市民が非常に多い一方、最近は新興国が存在感を増し、途上国開発のプレーヤーが多様化しているようにも感じます。最後にJICAとしてのSDGsへの意気込みをお願いします。
宮田氏:
日本が長年かけて取り組んで来た開発援助を通じて、相手の国々に理解され、受け入れられ、そして、信頼につながってきたと思います。各国が内向きになっている今こそ、この信頼をベースに日本と他の国々をつないでいきたいと思っています。また、今後は、政府対政府の支援だけでなく、企業を始めとする民間セクターとともに途上国の開発を進めていくことが一層重要となります。つい最近JICAは、新しいビジョンとして「信頼で世界をつなぐ」を掲げましたが、これまで以上に、日本と世界をつなぐ結節点としての役割を果たし、世界とともにSDGsの達成に向けて取り組んで行きたいと思います。
インタビューを終えて
今回のインタビューを通じて非常に印象に残ったことは、「パートナー」「パートナーシップ」という言葉が何度も出てきたことです。政府関係当局の事業への参加は、ともすると「委託者」と「受託者」という関係になりがち。しかし、この「パートナー」という言葉からは、共通のゴールに向け企業とともに協働したいというJICAの強い意志を感じました。SDGsの目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」にもあるように、今後この「パートナーシップ」という形の重要性はますます増していきます。
また、企業にとっても、JICAと「パートナーシップ」を組むことの意義は多いと感じました。企業の担当者だけが現地に赴いて孤軍奮闘するより、JICAが持つネットワークを活用できることは強力な後ろ盾となります。現在JICAが実施している「SDGsビジネス調査」制度は、JICAとのパートナーシップを築く門を広く企業に開いているもの。JICAと日々コミュニケーションを取りながら、JICAが現場感覚として持つ過去の成功事例や失敗事例を踏まえて事業を推進できることは、大きな力になるはずです。
一方、JICA自身も今後大きな進化の余地があると言えます。インタビューでも出てきたように、海外では、企業と国際協力機関、企業と国際協力機関とNGO等が密接に連携するケースが非常に多く生まれてきています。双方が「Win-Win」の関係となり、共通のゴールを達成するためには、お互いのリソースを十分活用できるよう内部の体制を整備することが不可欠。そうすることで、企業のグローバル競争力も高めていけるのだと思います。
聞き手:夫馬 賢治
株式会社ニューラル 代表取締役社長