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【インタビュー】成果を上げるSDGs。鶴見和雄氏が語る「企業・NGOパートナーシップ成功の秘訣」

 2015年9月、ニューヨークの国連本部にて「国連持続可能な開発サミット」が開催され、「国連持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。193ヶ国の全会一致で合意した17の目標は、2030年までに途上国のみならず、先進国も含めて達成することを掲げている。目標17は「グローバル・パートナーシップの活性化」。目標達成には、セクターの垣根を超えた取り組みの広がりが必須となる。企業とNGO両方で活躍されてこられた鶴見和雄氏に、両者の連携について、その背景や成功の秘訣をお聞きした。

【インタビュー】成果を上げるSDGs。鶴見和雄氏が語る「企業・NGOパートナーシップ成功の秘訣」 1

公益法人協会 常務理事事務局長
プラン・インターナショナル・ジャパン 理事
国際協力NGOセンター(JANIC) 理事
鶴見和雄氏

企業経営をNGOの現場へ

ご経歴を教えて下さい。

 大学卒業後、三菱商事に入り29年間勤めました。2年間の人事部経験を経て、資材グループ資材第一部にて自動車用・産業用タイヤの欧州向け輸出取引を手掛けました。また若くして欧州において、日本のタイヤメーカーとのタイヤ販売会社設立に携わることができました。三菱商事は当時、靴などのFootwear取引で北米市場において3割のシェアを持っており、韓国、台湾等で製品・素材開発など、その当時の商社では珍しい製品開発機能をフルに発揮していました。そして26歳の時、この事業でニューヨークに赴任、その後長年、北米への所謂、三国間貿易を担当しました。

 また、資材取引のみならず、アジア向けの家電取引やインドでの家電合弁会社の設立にも携わりました。当時の情報産業グループにおいて、某広告会社の牙城であった、スポーツ・マーケティング・ビジネス等、商社ならではの機動力とネットワークを活かした仕事を手掛けました。50歳で準定年制度を選択し、国連若しくは国際NGOへの転職のため、大学院に行く準備をしていました。

なぜ、業界大手企業を辞めてまで国連や国際NGOに転職されようとしたのですか?

 商社時代に培った機動性とネットワーク力が、その後の人生に大きく影響を与えたことは、事実だと思います。転職を決めた大きな要因は39歳の時、インドに赴任したことがきっかけでした。インド市場において、ビデオデッキプレイヤーの工場を日系メーカー、インド資本の現地企業、三菱商事の3社でジョイントベンチャーとして立ち上げました。プロジェクトマネージャーの立場でボンベイに駐在し、合弁会社を構えるデカン高原のオウランガバード市に何度も出張しました。製造業の合弁事業は、土地の確保と道路など、社会インフラの充実、製品化のための技術移転、そして製造を担当する質の高い工員の確保で勝負が決まります。特に家電の製造には、生産ラインで細かい部品を挿入するため、若くて繊細且つ小ぶりな手を持つ、女性の工員の雇用が不可欠です。

 貴重な女性の工員の採用の際に直面したのが、インドでの早婚問題や、貧困の現実です。採用した女性の工員には、15歳から16歳ながらも、既に子どもが3人もいるお母さん方もおり、そのため工場に子どもたちをケアする託児所を併設しました。そのうち子どもたちやお母さん方が病気になることもあり、小さな診療所が建ちました。正に合弁工場の設立は、民間資本か社会資本かの違いだけで、所謂、国連や国際NGOが手掛けるコミュニティ開発と脈を通じる仕事であったと思います。合弁会社を立ち上げてから27年後の現在、この企業はインドで有数の家電グループとなり、保健所が病院に、保育園が小学校、中学校に発展しています。設立当初の30年前は、たかだか30万人の人口だったのが、今では、187万の人口を抱える一大都市に変貌しました。その後、合弁相手のインド企業は、オフショアのオイルビジネスで成功し、衛星放送事業、携帯電話事業を手掛け、今や4兆円規模の大企業となっています。

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 皆さんが感じる「貧困」の二文字の印象はどの様なものでしょうか。自分自身もインドに行くまでは、「インドは最貧国の一つ」とした漠然とした概念しか持ち合わせていませんでした。然しながら、合弁事業の立ち上げを通じ、本当の「貧困」とは何か、初めて肌で感じ、その深刻性には多くを学びました。当時雇用した女性の工員さんたちは本当の意味の「貧困層」に属さない方も多かったと記憶しています。工場では安全が最優先のため、英語での単純なコミュニケーション力や、ある程度の読解力が求められます。それは教育を受けないと得られない能力です。教育の機会を得られた人々は底辺の最貧困層であることは稀なケースであったと思います。

 よく、貧困線(Poverty Line)は1日1ドル(2017年9月時点で110円)と言われ、それ以下の収入で暮らす人々を最貧困層と言いますが、インドではこれが1日10セント(11円)の生活が当たり前です。しかし、どうやって10セントで生きていくのか。3セント(3.3円)あるとチャパティのようなパンが一枚買えるのです。それに満腹感を得られる唐辛子や得体の知れぬものを混ぜ、3食食べれば9.9セント(10.9円)。これでほぼ1日の10セント(11円)を使います。インドではこのように暮らす人が大勢います。日本で日本人が考える「貧困」とは全く異なる世界なのです。

 インド駐在当時の40歳の時、ワイフ(妻)に約束をしました。50歳になった時、自分が三菱商事でどの様な役職になっていたとしても、草の根の「貧困に生きる子どもたち」に貢献する道に進むことを伝え、その準備を始めました。そして駐在時、自分のつい一歩先にある、インドの「最貧困」現場を見て回りました。途上国を訪問された方の中には、路上で子どもがお金の無心を行っている光景を見た方も多いと思います。あれはボンベイでは、完全なシンジケート・ビジネスではないかと疑いました。友人だったボンベイ警察署長とともに、暗く、決して安全ではないシンジゲートの実態に触れた時、愕然としました。そこには、麻薬を打たれ、ぐったりした、レンタル・ベビーがおり、5歳くらいの女の子が破れ汚れた服をまとっていました。兄弟でも何でもなく1歳にも満たない、目が虚ろなレンタル・ベビーを腰に抱え街角で立っていると、特にアラブの人たちがイスラムの教えに則り、高額の20ドルなどを手渡します。一番稼げるモデルです。

 それが分かり、日本人会に働きかけ、バクシーシといわれる金銭的な無心をする子どもにお金を渡すことはやめようと働きかけました。その代わり、日本人会として寄付を募り、説明責任を果たせる、信用できるインドのNPOに寄付をしようと運動を起こしました。金銭的なものを含め、如何なるものを物乞いの子どもに直接渡しても、ほとんどその子と親には渡りません。まして、1歳にも満たない子どもに麻薬を打つなどとは、完全な犯罪であり、許すことは決してできません。

 またその当時、三菱商事はダイヤモンドの輸入を手掛けていました。日本市場で出回っている0.5カラット以下の粒ダイヤの多くはインドで加工されており、ムンバイ市には一大ダイヤモンド市場が存在しています。採掘はアフリカ等で行われますが、インドではそれを研磨し粒ダイヤにしていました。その作業は大人の手ではとても大きすぎて務まりません。実際の加工工程を行っているのは5歳から13歳の子どもたちです。家庭の家計を助けるために、この様な子どもたちは、徒弟制度の下1日中座らされて、磨かされ、ある一定の年齢や手の大きさになると不当に解雇されます。その時にはすでに足は退化し、変形し歩くこともできない不具な体になってしまいます。現実から目をそらしたくなる、それが児童労働による粒ダイヤであり、子どもたちの汗と血の塊であるといっても過言ではありません。

 その現場を知るものとして、それを身に着けていらっしゃる世界の女性たちには現実を知ってもらいたいと思います。児童労働により製造されるものは幾つもありますが、パキスタンや中東の高額な絨毯も同じ部類のものが数多くあります。小さな、繊細な手を持つ子どもが作るからこそ、あれほど目の細かい手芸作業ができるのです。糸には化学染料が含まれていることが多く、この薬剤に被れ、膿んできても、包帯をしながら家計のためと作業は続きます。これらの多くが、子どもたちの汗と血から生まれた産物であると、どれだけの方が知っているのでしょうか。

 米国、台湾、インドでの駐在経験を経て、いろいろなグローバル・ビジネスを体験し、その後、当時としては比較的若くして部長に昇進しましたが、いよいよ50歳に近づいて参りました。実際に会社から離れ、開発の世界に飛び込もうとしたとき、強く三菱商事から慰留されました。とても心が揺らぎました。それもそうです。一つの部署を任され、正に最も活躍が期待される年齢だったからです。ところが、ワイフからは「40歳の時に約束し、準備してきたことを、慰留されたからといって守らないのは男らしくない。あなたが三菱商事と結婚する気なら、最低でも別居だ!」と突き付けられました。妻に別居されては、私は非常に困るんですよね(笑)。そこから役員を説得し、部下を説得し、その際に国連やグローバルNGOでの開発に予定通りに携わりたいことを最後は納得していただき、次の職場のあてもないまま退職しました。その最後の背中を押したのが、ワイフでした。今から振り返ると、随分無茶なことをしたと思います。

NGOと企業、共通点と相違点は?

【インタビュー】成果を上げるSDGs。鶴見和雄氏が語る「企業・NGOパートナーシップ成功の秘訣」 3

 三菱商事に在籍中に多くのことを学びましたが、共通することは、現地主義と言いますか、現場アセスメント(評価)を徹底するということです。地元のことを知らずして何も良いものは築けません。正に足で稼げという由縁です。2つ目はODA(政府開発援助)を通した、各セクターの役割分担の重要性です。日本のODAは全ての支払を日本政府が行いますね。ODAを成立させるために、商社と技術コンサルが入るため、資金の流れは不透明になりがちです。莫大な資金を投じたODA案件でも、完成後2、3年で使い物にならない結果に終わってしまうケースもあります。それでは、Tax Payer(納税者)たる国民に対し、説明がつきません。そこに、中立的な立場で且つ第三者であるNGOの役割が大いにあると思います。大規模病院を設立するとなると、NGOではとても資金的に賄うことができません。政府資金を活用し大手企業が建設したものを、本当に地元に役立っているか否かを、草の根レベルで調査する。その手段とコミュニティとの繋がりがNGOの強みです。ODAの実行から生まれる現地での雇用促進もNGOの範疇です。NGOにはその様な現地に立脚した多様性を充分に発揮できる存在です。

 また、NGOが実施しているコミュニティ開発と、三菱商事時代に手掛けたインフラ整備・産業振興は共通する部分です。さらに、SDGsで掲げる開発目標の達成手段はNGOと企業ではほぼ同じである、と言ったら驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。寧ろ、NGOは現場に立脚し密着している分、企業資金を2倍でも3倍でも効果的に活用できると自負しています。但し、欧米に比較して日本のNGOには資金力に課題があります。また、社会基盤の一つになるであろう、ソーシャルベンチャーを自ら起業したり、利用したりするのはまだ現時点では様々な限界があると感じています。

 一方、三菱商事などの総合商社が、貧困解消に対してソリューションを提供するのも、なかなか困難なチャレンジだと思います。なぜなら、彼らの先には株主がおり、利益を度外視した事業展開はできないからです。しかし、民間連携という範疇で、企業が技術と資金を、外務省やJICAが政府資金を、NGOは現場の知見と経験を互いに持ち出すことで、三位一体の関係は充分に機能し得る。これからの推進手法だと確信しています。

 例えば、途上国における人身売買の問題があります。ネパールを例に挙げますと、ネパールからインドに人身売買される多くの女性たちは、インドの性産業に無理やり身を置かされます。その後、放り出される様に解放された女性は、一度性産業に関わった場合、地元や家族から反対され、ネパールにある故郷に戻ることが大変難しい状況となります。そこで、多くのNGOはネパールのインドとの国境近くにシェルターを作り、職業訓練を行い社会復帰活動を行っています。こうした活動は総合商社ではできません。然しながら、仮にSDGsを企業の経営方針としてしっかりと位置付け、政府の公的資金との資金と抱き合わせ、SDGsの目標8である「適切な良い仕事と経済成長」、目標5である「ジェンダーの平等」を積極的に取り組むことは、経営の意思ではないでしょうか。この様な環境に生きる女性たちを職業訓練にて技術を習得させ、雇用し、産業を振興したならば、正しく一つのロールモデルになることは間違いなく、欧米の企業での先進的な例も幾つか挙げられます。

NGOと企業の連携事例(失敗要因の分析)

企業がサステナビリティ活動を途上国で実践する上で、グローバル規模のNGOと提携は増えると思います。これまで難しかった事例はありますか?

 一例を挙げますと、途上国において、ある自動車関連企業の技術者養成学校設立を協業した際に起こりました。その企業は提携NGOの選定に、世界的大手のコンサルティング会社を起用し、プロジェクト推進力の潜在的調査を行った結果、予定している事業の担い手としてプラン・インターナショナルが選定され、相互にパートナーシップ契約を締結しました。契約当初より、NGOは下請けではなく、事業パートナーであることを理解してほしいとは伝えてあり、契約書でもおさえていました。しかし、途上国でのプロジェクトの推進には不測の事態が常に付きまといます。天候や様々な理由でプロジェクトが前に進まなくなるケースや、日本側の職業訓練に関わる指導マニュアル通りに物事が進まなくなるなど、残念ながら、提携した企業は想定外の事態に段々と苛立ちを隠せなくなり、プロジェクトの大幅な遅れや、予算上の計画外支出は、全てプラン側のマネジメントに起因すると急に責任を転嫁されました。

 今までパートナーとして推進していた協業体制が、突然下請的扱いに転じ、プロジェクト推進体制の根幹が崩れてしまいました。その結果、現地パートナーである政府系職業訓練機関、また現場で働くプランの現地スタッフとの間に亀裂が生じ、プロジェクトは最終的に完成したものの、企業連携のあり方を根底から見直さざるを得ない、後味の悪い、決して褒められる前例とはならず、大変残念な思いをしました。当時からすでに数年が経過していますので、企業とNGOとの連携は大いに進化していると思います。しかし、両者が良好な提携を行う上でのポイントは、提携する企業がNGOを契約時、プロジェクト実行時、終了時に亘って、対等のパートナーとして見るか否かが非常に重要だと思います。

この関係はどのように是正できるでしょうか?

 まずは契約でしっかり縛るということです。NGO内にも、法律的な知識を身に着ける必要があります。資金力のある企業との間で何かトラブルが発生した場合、NGO側も対等に強く出なければならない場面もあるでしょう。また、相互に契約で合意したメルクマール(指標、基準)を設定し、プロジェクト開始時、中間時、終了時と、きめ細かいプロジェクトのフォローアップの実施と、検証を共同して行う様、普段より企業を積極的に参画させる環境を作ることも肝要です。そして、弛まぬ常日頃からのコミュニケーションは重要です。多くのケースが、企業では経営戦略の中でCSRを位置付けていますが、経営からのトップダウンで実施されることが多いのも事実です。従って、場合によっては、プロジェクトを受託する前に、企業内での決定の仕組み、担当部局への権限移譲の範囲、また、場合によっては経営者に直接面談するなども必要です。これが後々に活用可能な、効果的な人脈となり、NGOの活動を守る手段になるでしょう。

 途上国ではプロジェクト推進は計画通りに進みません。為替の問題もあり、計画予算と実行予算との差が生じることもしばしばあります。また文化の違いをしっかりと穴埋めをする役割はNGO側にあると思います。例えば、「人権」への配慮などがその一例です。企業が現地の文化を充分に消化せずプロジェクトを実行する際、現地の職員やコミュニティに所属する裨益者に対し、人権を軽んじた行動や、ジェンダーへの無理解は、大きな問題に発展する可能性を秘めています。これにより、CSRを通じて折角、途上国開発のアクターとなろうとしていた企業が、逆に排斥を受け、結果的に企業イメージを大きく損ねることにも繋がりかねません。これらは、CSRを実践する上で、企業とNGOが提携し、協業する上で、必ず抑えておく点だと思います。

グローバルNGOは企業との連携を戦略的に位置付けていますか?

 プランは昨年、事業戦略を大幅に変更しました。これまで農村や山岳地域を対象に、「途上国のこども」をターゲットにしていたのですが、SDGsの精神である「誰一人残さない開発=No one left behind」の下に、開発の対象を途上国に限定せず、先進国もカバーする戦略を打ち出しました。また、従来「子ども支援」の色彩が強かった活動方針に、「全世界の若者」も対象とし、Marginalizedの(社会から取り残された)子どもと若者も開発の裨益者に加えました。これを実行に移すには、国際的に合意しているBylaws(定款)を大幅に変え、SDGs時代に適合した支援体制を整備する必要があります。これは、プランの歴史上、画期的な変革であり、将来に向けた大きなギアチェンジとなります。そして、その目標達成のための事業戦略の一つにSDGsの目標17が掲げている「パートナーシップで目標を達成しよう」を位置付けています。もともと、プランでは企業とのパートナーシップを戦略の根幹に据えていましたので、継続してその強化に邁進していきます。

NGOと企業の連携事例(成功要因の分析)

成功した企業連携の事例を教えて下さい。

【インタビュー】成果を上げるSDGs。鶴見和雄氏が語る「企業・NGOパートナーシップ成功の秘訣」 4

 企業とのパートナーシップの成功例としてアフリカ・ガーナにおいて実施した、味の素との協業による「ガーナ栄養改善プログラム」が挙げられます。2010年当時のガーナでの保健分野における大きな課題は「栄養不良や予防接種の機会不足のため、5歳未満の子どもの死亡率が高いこと」にありました。そこで味の素は、「子どもの栄養改善」という共通課題に基づき、2010年よりプランと提携しました。このプログラムでは、栄養補助食品の「Koko Plus」の現地製造を通じ、プランの活動する既存のコミュニティにおいて、生後6ヶ月から18ヶ月の子どもを対象とした製品のEfficacy Studyを実施しました。約3年間、プランが活動するガーナ中央州の45コミュニティにおいて母子900組を対象に、「Koko Plus」の効果、特に子どもの成長と健康状況の改善を調査し、同時に栄養教育・トレーニングも実施しました。

【インタビュー】成果を上げるSDGs。鶴見和雄氏が語る「企業・NGOパートナーシップ成功の秘訣」 5

 ガーナでは「Koko」と呼ばれるとうもろこしでできたお粥のようなものを離乳食代わりに子どもに与えますが、このプロジェクトは、そこにアミノ酸系の「Koko Plus」という栄養補助食品を加えることで、ガーナで非常に多い低体重の子どもが健康的に体重を伸ばし、5歳未満時の死亡率を一人でも減らすというものです。味の素が主体となり、プラン、JICA、USAIDと共にプロジェクトを実施しました。その結果、相当良好な結果が得られ、これがトリガーとなり、今やガーナ以外のアフリカでも本格事業化に移りつつあります。本プロジェクトはアフリカ全土への事業拡大の礎を創ったこととなります。現在、コミュニティの協力を得ながら、CARE International、JOICFP(ジョイセフ)といった他のNGOがKoko Plusの配送や販売を始めています。本プロジェクトは、政府・国際機関、国際NGO、企業によるパートナーシップが理想的な形で協力関係を構築し、共同パートナーシップの下、成功した事例だと思います。

なぜ成功したのでしょうか?

 本プロジェクトは、単なるCSRの範疇ではなく、昨今良く引用される、BOP(Bottom of Pyramid)やCSV(Creating Shared Value)の正に先駆けとなった先進的なプロジェクトであり、世界的にも大変注目されています。また、企業の社会貢献に対する戦略を具現化するには、確固たる経営理念が必要であることを問う、優れた実例だと思います。即ち、味の素の経営の意思が非常に骨太であったこと、またかつて、同社が中国においても同様の事例経験を持っていたことが成功要因として挙げられます。日本政府がアフリカ開発会議として5年毎に実施しているTICAD(アフリカ開発会議)においても、企業の成功例として誇れる実績を残せたプロジェクトでした。これをアフリカで実践したという意味は非常に大きいと思います。企業のCSRの実践には、「確固たる経営ビジョン」の良し悪しが問われます。これが成功か失敗かを誘導する最大要因と言って良いでしょう。味の素の場合、安定してNGOを「Equal Partner」して捉えており、一度たりともNGOを下請けとして見做すことはありませんでした。これは非常に大きいな要素です。対等に意見を交わしてプロジェクトを推進する関係こそ、あるべき協業の在り方だと思います。

 これは企業のみならず、政府機関JICAとNGOが実施することにおいても同じだと思います。国際協力の現場では、実際にプロジェクトを実行するのはNGOであることが多いのです。どうしてもNGOを下請けと捉えてしまう過去の経緯もありますが、そうしたことが起こらないよう、JICAとは年4回、定期的なNGO- JICA 協議会を開催し、互いに胸襟を開き、効率的なエビデンス・ベースの開発の在り方は何かを協議しながら、課題を話し合っています。これらの発展形として、日本の中小企業の知識や経験をNGOとの連携の下、政府資金と三位一体で途上国開発を実践する、新たな動きに繋がっています。自分自身、本協議会の代表幹事を務めていた関係もあり、10年前に比べ、官民連携も随分と大きく前進したなと感じています。

 異なるセクターが協働するに当たって重要なこと、それは、それぞれの役割分担を決めることにあります。中小企業は、資金力はなくとも水の浄化や省力発電など途上国に不可欠な技術を持っています。そこにNGOが参入することで、中小企業の製品や技術の現地移転をサポートしつつ、児童労働、不適切サプライチェーンの是正や、文化的な障壁と取り除き、現地に立脚した人権意識の啓発など、多機能が果たせるのがNGOだと考えています。これは政府開発機関には、なかなかできない機能ではないでしょうか。

企業へのメッセージ

SDGs達成に向けた、成功のためのヒント

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 NGOの弱いところばかりを注目せず、強い部分を分析し、研究してほしいと思います。途上国における現地力はその一つでしょう。また、それぞれのNGOにどんなリソースがあり、不測時の対応力や財務基盤の有無、どんな専門家を抱え、技術を有しているか等、NGOの総合的な団体評価を行ってほしいですね。プランの様なグローバルで活躍する国際NGOでは、日本にはおらずとも、世界の中にそれぞれの分野に卓越した優秀な専門家を抱えています。これらの専門性は、プロジェクトの定性・定量的な側面を充分にバックアップしてくれます。

 そして、NGOに何を求めるのか明確な役割と、これを的確に実践せしめる持続的且つ財務的な支援を考えて欲しいと思います。お互いの持ち分をコンセンサス取りながら、マスタープランを作成し、合意する。契約書の整備も重要です。SDGsのSは「Sustainable=持続的」という意味合いです。従って企業側は中・長期的な経営戦略として位置付け、最低10年間は、取り組むつもりでスタートしてほしい。短期では社会的インパクト評価などもできず、結果的に株主に対する説明責任が、薄っぺらいものとなるでしょう。いきなり大きな金額で始めるのではなく、小さくても継続していくことも考慮すべき点だと思います。成功事例があれば、他の国で展開もでき、スケールアップすることで効率的に成果を上げることもできる。経験を継続して積み上げることは非常に重要だと考えます。

 例えば、武田薬品はプランと提携し、2014年まで5年間、インドネシア、フィリピン、中国及びタイにおいて、「保健医療アクセス・プログラム」を実施、その後継プログラムとしてケニアにおける子どもたちの基本人権を守るための、「デジタル出生登録プログラム」を2016年に開始しました。一見、両プログラムには相関性が無いように思えますが、出生登録を支援し、子どもたちの基本的人権を保護することは、ワクチン接種など、保健医療サービスを享受できる仕組みへの支援であり、「保健医療アクセス・プログラム」のスケールアップ・プロジェクトと位置付けられます。また武田薬品は2017年より社内選考方式を採用し、コンペ方式で提携NGOを選択する方式を導入しました。その結果、プランが選ばれ、スーダン、シリア等の難民に対する保健医療サービスが近々スタートします。

企業が継続的に活動を続けるための策は何がありますか?

 CSRを目的とした資金プールを利益の中から積み立てる仕組みを作る事です。先ずはこの様な制度を社内で整備していただくことで、地に付いた途上国支援が定着し、正に「持続的開発目標」への貢献が担保されることになります。これはUntied(特定の使途への紐付無し)ではなくTied Reserve(特定の使途に紐づける資金プール)にしてCSRに利用する、という形です。中小企業は年間1千万、大手企業では年間1億円くらいの金額が妥当な額ではないでしょうか。景気の良い時だけ大きな予算を消化しようとしても持続不可能です。NGOの活動は時間をかけて体制造りを行います。企業や個人の方々の寄付金を10年間かけて大きく育てるのが使命です。従って景気循環に合わせてのみ活動の大小を決めること困難であり、長期で財務体制を支援により形成することが求められています。

NGOへのメッセージ

SDGs達成に向けた、成功のためのヒント

 NGOが企業と共にパートナーシップを組みSDGsに対ししっかり取り組むには、成長に向けた明確な理論構築、即ち「Theory of Change」の構築が必要です。それぞれのNGOが、どの様に中・長期的な目標を達成するかのロードマップを明確化し、それら目標に合ったプログラムやプロジェクト、政策提言を実行するために、高いレベルでのコンパス(尺度)は何かを特定する必要があります。また同時に、全ての理論構築の文脈において、最も必要性が高い変革や、重要な戦略を分析し、目標達成を担保するために「生きたエビデンス(Evidence-Based)」を積み重ね、それを検証し、更新するサイクル造りが求められます。これこそが、企業との提携において大切な武器になるはずです。勢いだけでは達成はおぼつきません。

SDGsは海外の途上国ばかりではなく、女性進出や気候変動を含め、日本を含む先進国の目標です。取り組み事例はあるでしょうか?

 現在、プランの非常勤理事を務める傍ら、非営利セクターの中間組織である「公益法人協会」に常勤役員として所属しております。ここでは、「公益活動を担う団体による自律的で創造的な公益活動を推進・支援することで、市民社会における非営利セクターの役割の向上と発展」を促進する役割を担っています。従って、NGOとは違う視点で、今までの経験とネットワークをフルに活用し、今後は公益法人の更なる活性化に邁進していきます。

 一見、「公益法人」と「SDGs」は無関係の様に見えますが、それは事実ではありません。先日、「SDGsネットワーク」というものが設立されました。これは元々、2000年に国連にて採択されたMDGs(ミレニアム開発目標)に即応して設立された「動く→動かす」を母体とした組織です。SDGsの達成に向け、政府機関とNGOの取り組みを支援していますが、SDGsは途上国のみならず、先進国も包含した全世界の各国が採択した合意目標です。17の目標の中には、日本では直ぐに想起されない目標もあります。例えば目標1の「貧困をなくそう」が一例です。然しながら、もはやこの目標は、途上国だけの問題ではなく、日本にも「子どもの6人の一人は貧困」という問題を抱えています。この様に一つ一つの目標を検証しますと、国内問題に精通し、SDGsを意識し活動している団体は、残念ながら現段階では少ないと言わざるを得ません。

 公益法人協会は社内でのSDGs対応の議論を漸く始めました。日本の公益法人を分類すると、事業分野は34分野を越えます。教育、芸術、社会福祉関係、環境保全、国際協力、男女共同参画社会など様々ですが、それぞれが持つ専門性や知見を発揮、活動することで、今後SDGsの達成に向け、重要なアクターとなる可能性が大いにあるのではないかと思っています。「健康と福祉」の分野では待機児童の話も含まれるのではないでしょうか。「教育」では不登校の問題があり、「ジェンダー」については、日本は世界水準に達していません。これらは、自国が抱える大きな課題です。「エネルギー」はインフラとして整っていますが、原発の問題など課題もあります。「気候変動」はいまやどの国も対応が必要でしょう。途上国のみならず、先進国でも対策が必要です。

インタビューを終えて

 企業とNGOのパートナーシップ成功の要因は、ぶれないビジョン、意見を率直に交わせる対等な関係の構築、役割の明確化と十分なコミュニケーションなど、実は目新しいものではなく、むしろこれまで世界中で提唱されてきた経営の成功要因そのものではないかと感じた。そのためには、異なる文化や価値観を持つ異なるセクターが、異なる文化や価値観の海外でこれらを実践し、成功させるには並々ならぬ努力と寛容さ、失敗から学び続けて物事を推し進める力が求められるであろう。多様なプレイヤーが協働し成果を求められる場面は、CSRやSDGsのみならず多くのビジネスで今後増加するのではないかと思う。

 インタビューでは、日本を代表する企業での深いキャリア、世界的NGOを率いるグローバル経営経験の両面を突き詰められた鶴見氏だからこそ体現された事例から、多くを学ばせて頂いた。貧困層救済のための真摯な取り組みと情熱は、セクターや国境を超えて多くの人に響く。

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宝本 美佐

株式会社ニューラル サステナビリティ研究所 コンサルタント/リサーチャー

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