二酸化炭素排出量の削減分野で、最近話題になっている国際的なイニシアチブが2つあります。そのうちの一つが「RE100」。長期的に事業電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目指す企業の野心的な取組であることを先日の記事で解説しました。そして、もうひとつが「SBT(Science-based Targets)イニシアチブ」です。今回はこのSBTイニシアチブがどのようなものであるのかについて詳しく紹介していきます。
SBTイニシアチブとは
SBTは、「Science-based Targets」の頭文字を取った略称で、日本語では「科学的根拠に基づく目標」とも呼ばれています。すなわちSBTイニシアチブとは、その名の通り、企業に対し「科学的根拠」に基づく「二酸化炭素排出量削減目標」を立てることを求めているイニシアチブです。この「科学的根拠」が何を指すかがポイントなのですが、この点は後ほど解説するとして、まずはこのSBTイニシアチブが設立された経緯を見ていきましょう。
SBTイニシアチブの設立経緯
SBTイニシアチブは、気候変動対策に関する情報開示を推進する機関投資家の連合体であるCDP、国際環境NGOの世界資源研究所(WRI)と世界自然保護基金(WWF)、国連グローバル・コンパクト(UNGC)によって2014年9月に設立され、この4団体が現在も連携して事務局を務めています。設立された2014年秋と言えば、国連気候変動枠組条約パリ会議(COP21)が開催される前のこと。しかし当時から気候変動に対して真剣に取り組む姿勢を見せていた企業と、その動きを加速させようとする環境NGOたちの存在が、このSBTイニシアチブ設立の原動力となりました。その活力が結集したのが、2014年9月22日から28日まで開催された「Climate Week NYC」というイベントでした。
Climate Week NYCは、2004年に英国で設立された国際環境NGOのThe Climate Groupが2009年に創設したイベントで、毎年9月にニューヨークで行われています。2017年も9月18日から開催されます。このイベントは、気候変動に強い関心を持つNGOと企業が集結し、政府や国際機関に対して気候変動へのアクションを求めると同時に、国際的なムーブメントを起こすことを目的としています。この気候変動イベントにとって、2014年は特別な年でした。それは、同年9月23日から当時の潘基文・国連事務総長のイニシアチブにより、「国連気候サミット」がニューヨーク・国連本部で開催されることになっていたからです。国連気候サミットには、当時のオバマ米大統領、バローゾ欧州委員会委員長、安倍晋三首相、COP20議長国のウマラ・ペルー大統領、COP21議長国のオランド仏大統領など、計178ヶ国の政府首脳や閣僚が集まり、気候変動分野での国際的な前進が期待されていたからです。
Climate Week NYC 2014では、主催者のThe Climate Groupだけでなく、世界有数の環境NGOが勢揃いするとともに、アップルのティム・クックCEO、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長、BT、イケア、HP、ロッキード・マーティン、スイス再保険、ユニリーバなどグローバル企業の幹部も参加。当時の藩基文・国連事務総長、ケリー米国務長官も22日の開幕式に出席し、スピーチをするという熱気でした。
Climate Week NYC 2014が開催された1週間には、今日までに残る国際的なイニシアチブが次々と誕生しました。まず「We Mean Business」という企業連合体です。「We mean business」は、英語の熟語で「私たちは真剣だ」という意味。Businessというフレーズを使って、ビジネス界も真剣なのだという意気込みを示しています。We Mean Businessには、会場に集ったアップルなど企業が発起人となり、さらに、BSR、CDP、Ceres、The Climate Group、The Prince of Wales Corporate Leaders Group、WBCSD(持続可能な発展のための世界経済人会議)、B Teamという気候変動やサステナビリティの分野で力を持つ国際NGOが協働する形で発足されました。We Mean Businessは、その後も加盟企業が増加しつつけ、現在世界260社が加盟しています。
We Mean Businessは、現在10のコミットメントを発表しています。「科学的根拠に基づく目標設定の採用」「炭素価格の導入」「再生可能エネルギーへのコミット」「政府の気候変動政策に対する企業のエンゲージメント」「受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)としての気候変動情報開示」「2020年までに全てのサプライチェーンから商品生産に起因する森林破壊を撲滅」「エネルギー生産性向上へのコミット」「水安全性の向上」「世界で最も持続可能な燃料のための市場の成長」の10個です。企業は自発的にそれぞれのコミットメントに賛同することが要望されています。この10個のコミットメントの中でも、We Mean Businessを発足させる協議の中でも、「科学的根拠に基づく目標設定の採用」「再生可能エネルギーへのコミット」の2つは強く意識されていました。そして、We Mean Businessが発足した2014年9月23日、同時に2つの国際的イニシアチブが発足しました。それが、「SBTイニシアチブ」と「RE100」です。このようにSBTイニシアチブとRE100は、同じ議論の中で生まれてきた双子のようなイニシアチブなのです。
その後の流れは冒頭で説明したとおりです。We Mean Businessが掲げる「科学的根拠に基づく目標設定の採用」について、科学的根拠に基づく目標設定とは何か、どのように適切な目標を算出すべきか、その方法論を開発するためにCDP、WWF、WRI、UNGCの4団体が事務局を形成。方法論の原案を開発し、一定期間のパブリックコメントを受付、方法論を完成。今日に至っています。一方RE100は、Climate Week NYCを主催するThe Climate Groupが事務局を続け、CDPがサポートをしています。
こうしてみると、気候変動に関する企業活動を巡る動きは、2015年11月から12月にかけて開催されたパリ会議に先駆け、2014年9月23日の時点で多くが誕生していたと言うことができます。すなわち、昨今日本で言われるようにパリ会議やパリ協定で何かが変ったというのは正しい見方ではなく、2014年のClimate Week NYCで生まれた大きなうねりが、パリ会議での国際合意とその後のパリ協定早期発効を結実させていったという方が事象を正確に表現しているようにも思います。
SBTイニシアチブの目標設定に関する手法
SBTでは、科学的根拠に基づく目標設定手法として、国際的に普及している手法を全て受け入れる姿勢を見せていますが、その中でもSBTイニシアチブ自身が開発した「SDA(セクター別脱炭素化アプローチ)」を強く推奨しています。SDAは、各業種毎に実現すべき二酸化炭素排出削減目標が定められており、それを基準に自社の削減目標を設定していくというアプローチです。SDAの業種別削減目標は、気候変動分野でも最も信頼度が高い報告書である気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書で示された「RCP2.6」シナリオに基づき、パリ協定で国際合意に至った2度目標の達成のために国際エネルギー機関(IEA)が分析した各業種の遵守シナリオをベースとしています。他のアプローチと異なり、実現コスト面や実現可能性を加味したものとなっています。
SDAによる目標設定を支援するために、SBTイニシアチブは簡易設計ツールも公開しています。現在の最新版は2017年2月に発行された「SDAツール第8版」。今後も、各機関が発表する最新のシナリオ分析や業界動向を反映させた最新版が公開されていくため、これからSBTを設定する企業は、常に最新版を最小することが奨励されています。
SBTイニシアチブは、SDA以外の手法を用いた削減目標を行っている企業にも門戸を開放するため、他の機関が発表している目標設定手法も容認しています。とりわけSBTは以下の手法を例示しています。
- 3% Solution:WWF、CDP、マッキンゼー、Point380
- CSI:BT
- C-FACT:Autodesk
- Context-based carbon metric:CSO
- GEVA
- Mars Method
- Absolute Contraction
(出所)CDP
SBTイニシアチブへの加盟申請書の中では、どの手法に基づいた目標設定なのかを明記することが要求されています。
SBTイニシアチブへの加盟プロセス
ステップ1:コミットメントレターの提出
まずSBTに対してコミットメントレターをSBTイニシアチブ事務局に提出します。コミットメントレターには、組織概要、連絡先などを記載する欄があります。このコミットメントレターに記載することで、組織はSBTイニシアチブ事務局に対し、SBTの基準に基づく目標設定を行う旨の意思表明をすることになります。またすでに目標設定をしている企業にとってはSBTイニシアチブ事務局に参加する意思表明を行うことを意味します。コミットメントレターの提出により、SBTイニシアチブや、運営団体のCDF、We Mean Business等は当該組織がコミットメントしたことを公表していくため、SBTにコミットメントしたことが世の中に情報として出ていくことになります。
ステップ2:目標設定
コミットメントレターを提出してから24ヵ月以内に、SBT基準に基づく目標設定をSBTイニシアチブ事務局に提出します。当該目標設定においては、SBTイニシアチブへの加盟条件として定められた目標設定期間、目標設定の組織範囲、目標内容、情報開示の頻度等を満たす必要があります。目標設定提出フォーマットは約5ページ程度で、スコープ1、スコープ2、スコープ3の現状と目標を記載する欄があります。
ステップ3:審査
SBTイニシアチブ事務局が、提出された目標設定を審査し、SBTイニシアチブへの加盟基準を満たしているか判断します。満たない場合は修正要求が通知されます。
ステップ4:開示
審査を経過すると、SBTイニシアチブへの加盟が完了するとともに、設定した目標が対外的に公表されます。承認企業にはSBTのロゴの使用等が認められます。
SBTの加盟企業一覧
現在(2017年8月7日時点)で、世界で62社がSBTに加盟。231社が加盟承認待ちの状況です。
加盟62社の内訳は、本社所在地別では、欧州34社、米国19社、日本9社。業種別では、食品10社、耐久消費財、医薬品、通信機器、電力会社が各5社、運輸、ソフトウェア、通信が各4社、電機3社の順です。
SBTに加盟している代表的企業
米国
- コカ・コーラ・エンタープライズ
- コルゲート
- デル
- ゼネラル・ミルズ
- ヒューレット・パッカード・エンタープライズ
- HP
- ケロッグ
- ネスレ
- ペプシコ
- ファイザー
- フィリップ・モリス
- P&G
- ウォルマート
日本
- 第一三共
- 川崎汽船
- キリンホールディングス
- 小松製作所
- コニカミノルタ
- ナブテスコ
- リコー
- ソニー
- 戸田建設
英国
- アストラゼネカ
- キャップジェミニ
- ディアジオ
- マークス&スペンサー
- テスコ
その他欧州
- カールスバーグ(デンマーク)
- コカ・コーラHBC(スイス)
- DONGエナジー(デンマーク)
- ケリング(フランス)
- SAP(ドイツ)
- テトラパック(スウェーデン)
SBTへコミットメント済みの日本企業(28社)
- アサヒグループホールディングス
- アシックス
- 大日本印刷
- ダイキン工業
- 電通
- 富士フィルムホールディングス
- 富士通
- 日立建機
- 日立製作所
- 本田技研工業
- 花王
- KDDI
- MS&ADインシュアランスグループホールディングス
- 日産自動車
- 野村総合研究所
- NTTドコモ
- セイコーエプソン
- 積水ハウス
- 清水建設
- 住友林業
- サントリーホールディングス
- 大成建設
- 武田薬品工業
- トヨタ自動車
- 日本精機
- ユニ・チャーム
- 横浜ゴム
- 日本ゼオン
SBTの効果
イノベーションを促進する
低炭素経済への移行は、新たなテクノロジーや慣行といったイノベーションをもたらします。SBTを採用する企業は、今後そのイノベーションを主導する役割を担っていくことになります。
規制の不確実性を減らす
企業が将来を見据えた行動をとることで、政策決定にも影響を与え、政府の法改正などを促すことができます。
投資家からの信用・信頼を高める
投資家や消費者、従業員を含むステークホルダーから、厚い信頼と高い評価を得ることができます。
収益率と競争力を改善する
エネルギーコスト削減など利益や、化石燃料の価格動向に左右されにくい安定した経営が可能となります。
【機関サイト】SBTイニシアチブ
【機関サイト】The Climate Group
【機関サイト】We Mean Business
【参考ページ】WE MEAN BUSINESS LAUNCHES AT CLIMATE WEEK NYC: CEOS FROM APPLE AND IKEA ISSUE STRONG CALL TO ACTION
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