G20杭州サミット首脳声明に盛り込まれたグリーンファイナンス
今年9月5日から6日まで中国の杭州で開催されたG20杭州サミット。サミット後に発表された首脳声明(コミュニケ)には、グリーンファイナンスを推進していくという文言が盛り込まれました。グリーンファイナンスとは、グリーンボンド(グリーン債)、再生可能エネルギー事業への投資、環境プロジェクトへの融資など環境に資する資金提供を意味する非常に広範囲の概念です。昨年12月に気候変動枠組み条約(COP21)パリ協定で、気候変動への対応が世界規模での国際合意となり、とりわけ政府及び経済界の両面から、この気候変動の分野に対するファイナンスの重要性が大きく指摘されてきました。気候変動抑制や気候変動適応のために必要な資金は膨大で、世界全体での対応に数千兆円規模の資金が必要だとも言われています。
一昔前まで、グリーンファイナンスと言えば、国連などの国際機関が資金を拠出するもの、もしくは環境に優しい取組に対する倫理的な投資という説明が特に日本ではなされていました。この「倫理的」にという言葉の裏側には、「経済的には非合理的」「儲からないもの」という意味付けが込められていました。しかし今、グリーンファイナンスは世界の金融機関にとっての大きな収益事業としての認識されつつあります。今回のG20杭州サミット首脳声明にグリーンファイナンス推進の文言が盛り込まれたことは、各界からの昨今の関心を示す象徴的なできとごとなりました。このグリーンファイナンスに対する姿勢をとりまとめた中国には、世界各界から高い評価が寄せられています。
G20サミットとは
グリーンファイナンスの話を始める前に、簡単にG20サミットについて抑えておきたいと思います。日本人に馴染み深いサミットと言えばG7サミットがあります。米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダの先進国7ヶ国が集う会議で、1975年にカナダを除く6カ国の第1回会合がスタートし、翌1976年にはカナダを加えた7ヶ国会合が、今に至るまで年に1回開催されています。今年のG7が日本の三重県・伊勢志摩にて通称「伊勢志摩サミット」が開催されたことは記憶に新しいことだと思います。一方、G20サミットは、2008年に第1回会合がスタートした比較的新しいサミットです。G20の参加国は、G7メンバー7ヶ国に加え、EU、ロシア、中国、韓国、インドネシア、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、オーストラリア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンの13ヶ国・地域です。G20サミットの正式名称は「金融・世界経済に関する首脳会合」。第1回会合はリーマンショックを発端とする世界金融危機真っ只中の2008年です。このG20には、中国、ロシア、インド、ブラジルのBRICs4ヶ国、またこれに南アフリカを加えたBRICS5ヶ国も参加し、ASEANからはインドネシアが参加しています。G20が立ち上がった背景には、新興国の経済力や政治力が強くなり、国際的な諸問題を議論するにはG7メンバーだけでは役不足になってきたことがあります。G20サミットもG7同様年1回開催されます。開催地と議長国は20ヶ国が持ち回りで担当。議長国がその年のG20事務局の役割も果たします。今年の開催地は冒頭のとおり中国の杭州。そしてこの1年間、G20事務局は議長国である中国が担っていました。
G20杭州サミット首脳声明
G20杭州サミット首脳宣言の中で、グリーンファイナンスに係る事項は第21項です。
21 我々は、環境的に持続可能な成長を世界的に支えるためには,グリーンファイナンスを拡大することが必要なことを認識している。グリーンファイナンスの発展は、とりわけ環境的外部性の内生化における困難、償還期日のミスマッチ、「グリーン」の定義の明瞭さの欠如、情報の非対称性、不十分な分析能力を含む多くの課題に直面しているが,これらの課題の多くは,民間セクターとの連携によって策定された選択肢によって対処され得る。我々は、グリーンファイナンス・スタディグループ(GFSG)によって提出された「G20グリーンファイナンス総合レポート」と、金融システムがグリーンファイナンスに民間資本を動員する能力を高めるため、GFSGによって構築された自発的な選択肢を歓迎する。我々は,明確な戦略的政策のシグナル及び枠組みを提供し、グリーンファイナンスのための自発的な原則を促進し、能力構築のための学習ネットワークを拡大し、ローカルなグリーンボンド市場の発展を支持し、グリーンボンドへの国境を越えた投資を円滑化するための国際協調を促進し、環境及び金融のリスクの知識の共有を促進及び円滑化し、グリーンファイナンスの活動及び影響の測定方法を改善するために努力が払われるべきであると確認する。
(出所)外務省による仮訳を筆者が修正
この文書には、グリーンファイナンスに関する課題や方向性がつらつらと書かれています。ここでのポイントの一つ目は、これまで政府や国際機関が担い手だと思われていたグリーンファイナンスを、今後は民間資本すなわち民間の金融機関が中心となって担うべきだという考えが示されたことです。グリーンファイナンスの一形態であるグリーンボンドも、従来は国際機関が発行主体となり、国際機関が調達した資金を政府や企業に提供していくというスキームが一般的でした。しかし今回の首脳声明には、政府や国際機関による政策的な金融ではなく、市場原理に基づき民間の金融機関が担うグリーンファイナンスの姿を強く意識した内容となりました。
そしてもう一つのポイントは、「グリーンファイナンス・スタディグループ(GFSG)によって提出された『G20グリーンファイナンス総合レポート』と、金融システムがグリーンファイナンスに民間資本を動員する能力を高めるため、GFSGによって構築された自発的な選択肢を歓迎する。」の箇所です。実は杭州サミット開催の9ヶ月前から、G20にグリーンファイナンス・スタディグループという会合が設置され、実質的にこのグリーンファイナンス・スタディグループがグリーンファイナンスに関する検討会議体となっていました。そして、このグループがまとめた報告書「G20グリーンファイナンス総合レポート」がG20サミットの場に提出され、G20首脳によってその内容を「認める」という「儀式」がなされました。首脳声明に含まれている上記の諸々の内容は、いずれも全て「G20グリーンファイナンス総合レポート」の中に具体的に記されています。
G20グリーンファイナンス・スタディグループ
では、グリーンファイナンス・スタディグループとは何なのでしょうか。これはG20杭州サミットに向け、議長国である中国政府が主導し設置した会議体です。正式には、中国の中央銀行である中国人民銀行と、英国の中央銀行であるイングランド銀行が共同議長となり、国連環境計画(UNEP)が事務局を担い、会合にはG20メンバー20ヶ国の代表者が出席するということが、2015年12月に中国・三亜で開催されたG20財務次官・中央銀行副総裁会議の場で決定したのですが、実際には議長国・中国の強いイニシアチブがありました。
会合は、今年1月に北京で第1回会合が開催され、その後3月にロンドン、4月にワシントン、6月に中国・廈門と計4回開かれました。ワーキンググループの主なミッションは、G20杭州サミットに提出する「G20グリーンファイナンス総合レポート」の作成。中国人民銀行調査部の馬駿チーフ・エコノミストとイングランド銀行シニアアドバイザーのMichael Sheren氏、2014年1月にUNEPに設置されたUNEP Inquiry into the Design of a Sustainable Financial System(持続可能な金融システムのデザインに向けたUNEP調査、UNEP Inquiry)のSimon Zadek共同ディレクターの3者がレポート作成の指揮をとり、各会合ではG20メンバーとの間でのレポート内容の確認など手続きが行われてきました。
馬駿氏は、2014年までドイツ銀行のエコノミストとして活躍していた国際実務派で、2014年に中国人民銀行にチーフエコノミストとして招聘されています。またMichael Sheren氏は、ニューヨークやロンドンで約20年間投資銀行勤務の後、2013年にイングランド銀行のシニアアドバイザーに就任しました。Simon Zadek氏は、主にシンクタンク分野で活躍してきており、過去には中国の清華大学で客員研究員にも着任、2014年にUNEP Inquiryが設立された際に共同ディレクターに就任していました。
G20グリーンファイナンス総合レポート
「G20グリーンファイナンス総合レポート」は、全35ページの英語文書で、グリーンファイナンスが必要となる背景、グリーンファイナンスの課題、銀行・債券市場・機関投資家が果たすべきグリーンファイナンスの役割などが非常によくまとめられています。G20首脳声明内にある「GFSGによって構築された自発的な選択肢を歓迎する」の選択肢もこの文書に「7つ選択肢」として記されています。
1. グリーンファイナンスが直面する5つの課題
レポートでは、グリーンファイナンスが直面している5つの課題として、「環境的外部性の内生化における困難」「償還期間のミスマッチ」「グリーンファイナンス定義の明瞭さの欠如」「情報の非対称性」「不十分な分析能力」が特定されています。
「環境的外部性の内生化における困難」で言う「外部性(Externality)」とは、経済学用語で波及効果を示す言葉です。例えば、大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、天候の変化や海水面の上昇を引き起こし、その変化がさらに別の環境変化を引き起こしていきます。このように影響が波及的に広がっていくことを外部性と言います。ある環境変化がもたらす経済的な影響を的確に数値化できれば、融資や保険、企業価値評価など様々なファイナンス行動の中に織り込むことができます。しかしながら、現在このような外部性を的確に評価・算出することは容易ではなく、環境要素をファイナンスの中に組み込む上での大きなハードルとなっています。レポートの中でも、この外部性の問題がグリーンファイナンスの最大のチャレンジだと位置づけられています。
また「償還期間のミスマッチ」とは、一般的にグリーンファイナンス需要サイドからは長期的資金が求められている一方で、現在のグリーンファイナンスの担い手である銀行融資は短期返済を求める傾向にあり、ミスマッチが発生しているというものです。そのため、新たなグリーンファイナンスの担い手としてグリーンボンドや担保貸付、再生可能エネルギー事業で活用されるイルドコ(Yield Co)と呼ばれる収益事業会社スキームなどが期待されると記されています。
「グリーンファイナンス定義の明瞭さの欠如」については、昨今ブラジルや中国、ICMAやCBIなどの機関によりグリーンボンドに関する定義が定めれられてきている一方、依然その他の分野やグリーンボンドの分野でもさえも運用実態としては「グリーン」の定義が曖昧であり、それによってグリーンファイナンスの需要サイド、供給サイドともにグリーンファイナンスに乗り出すことにブレーキがかかっていると指摘しています。また、グリーンファイナンスを求める投資家に対して、グリーンファイナンスの資金需要者の所在がはっきり伝わってない事態や、グリーンプロジェクトを行う企業側の情報開示の不徹底、各国ごとの情報開示ルールの違いなど「情報の非対称性」が存在していることや、金融機関側が十分に環境リスクを金融商品に反映させられない「分析能力の欠如」が課題として挙げられています。
(出所)G20グリーンファイナンス総合レポート
2. グリーンファイナンス課題克服のための7つの選択肢
レポートでは、指摘した5つの課題を克服するために各国や国際機関が打つべき施策として、7つの選択肢を提示しました。
- 投資家に対して明確な環境及び経済政策とフレームワークを提示すること
- グリーンファイナンスの運用に関する自主的ガイドラインを推進すること
- 金融機関の能力向上のための国際的なネットワークを広げていくこと
- 各国内のグリーンボンド市場活性化のため情報収集や知識共有などを支援すること
- クロスボーダーのグリーンボンド投資の活性化のため支援を行うこと
- 金融セクターの環境金融リスク認識知見の共有を支援すること
- グリーンファイナンスの指標や定義を明確化していくこと
とりわけ今回のレポートの中で強調されているのがグリーンボンドです。グリーンボンドには融資に比べ長期的な資金供給に適しており、グリーンファイナンスの中心になりうると位置づけられています。そのためには、グリーンボンドの定義の国際的な共有、グリーンボンド格付の整備などが必要だと記されています。このような整備をG20メンバー各国や国際機関が進めていくと、民間レベルでのグリーンボンドの発行やグリーンボンドへの投資家が大幅に増えていくことが予想されます。
グリーンファイナンス・スタディグループがまとめたレポートは、グリーンファイナンスが抱える課題を包括的に捉え、各国政府や国際機関がアクションを取るべき内容を示したよくできた内容です。今回G20サミットの場で20ヶ国首脳は、このレポートを歓迎し、アクションを起こしていくことを表明しました。グリーンファイナンスの世界は各国の協調でもあり競争でもある分野です。各国の協調によりグリーンファイナンスを盛り上げていく同時に、グリーンファイナンス資金市場の中心地を巡る国際的な競争が展開されます。その競争はすでに始まっています。そして、中国が猛烈な勢いで、その中心の一角を担うべくアクションを起こしてきています。
中国政府が公表した「グリーンファイナンスシステム構築のためのガイドライン」
グリーンファイナンス・スタディグループを主導し、G20杭州サミットでもグリーンファイナンスを議題のひとつに加えた中国。そのG20杭州サミットの直前の8月31日に、中国政府は「グリーンファイナンスシステム構築のためのガイドライン」という文書を公表しました。発表主体となったのは、中国人民銀行、財務部、国家発展改革委員会、環境保護部、中国銀行業管理委員会(銀監会)、中国証券監督管理委員会(証監会)、中国保険監督管理委員会(保監会)の7機関。中国中央政府の金融政策、環境政策を司る主要機関が勢揃いです。中国にはグリーンファイナンスを進めたい事情があります。中国は経済発展が急速に進むとともに環境対策も急務である状況。経済大国でもあり、温室効果ガス排出量も世界トップクラスの中国には、膨大なグリーンファイナンス資金需要が存在しています。G20杭州サミットでグリーンファイナンスを取り上げたのには、パリ協定後初のG20サミットで国際的なイニシアチブを発揮する絶好の政治的タイミングであったとともに、自国にとっても急務であるグリーンファイナンスをなんとか普及させたいという経済的な思惑もありました。各国首脳が集うG20サミットの前に、見せ場を作る舞台として用意されたのが、中国自身のグリーンファイナンス改革の内容を記した「グリーンファイナンスシステム構築のためのガイドライン」でした。
中国はこのガイドラインの中でいつくもの具体的な指示を国内の各行政機関に発しています。このガイドラインの作成を主導したのは、「G20グリーンファイナンス総合レポート」の作成も担当した中国人民銀行。この国内向けのガイドラインの中でも、グリーンファイナンス推進に向けた包括的な分析と打つべき施策が網羅されています。
- グリーン融資
- グリーン融資促進のためのグリーン融資統計・監督システムの整備
- 中国人民銀行によるグリーン再融資制度の整備
- グリーン融資利払いに政府が補助金を出す制度の整備
- グリーン融資状況を中国人民銀行のマクロプルーデンス政策に反映
- 各銀行融資での自主的環境基準の整備推進
- 政府による各銀行のグリーンファイナンス実施評価の開始(大手銀行から着手)
- 銀行の環境責任を追及する法整備
- グリーン融資を担保とした債務担保証券の促進
- 銀行の社会・環境観点でのストレステスト実施を支援
- 企業の信用情報データベースに環境情報を追加
- グリーンボンド
- グリーンボンドの定義とグリーンボンド発行基準のさらなる明確化
- 地方政府によるグリーンボンド発行政府保証の追加などによる発行コストの削減
- グリーンボンド第三者評価制度の整備
- 認定されたグリーン企業の株式公開を支援
- グリーン債券インデックス、グリーン株式インデックスの整備
- 上場企業に対して環境情報開示を段階的に義務化
- PPP
- 中央政府によるグリーン開発基金の設置
- 地方政府や民間資本、外国資本によるグリーン開発基金設置を支援
- グリーンプロジェクトにPPP(官民パートナーシップ)を導入
- グリーン保険
- 環境リスクの高い企業に環境破壊責任保険への加入を義務化
- 環境保護部は保監会と連携し、環境破壊責任保険実施ルールを制定
- 保険会社に対し環境破壊責任保険の商品化を支援
- 保険会社に対しその他環境保険やキャット保険(大災害保険)の商品化を支援
- 保険会社に対しITを応用した環境リスクモニタリングシステムの導入を支援
- 企業の環境権
- 二酸化炭素排出権取引市場及びカーボン・プライシング(炭素価格制度)の設立
- 炭素債券、炭素先物、炭素先渡、炭素オプション、炭素リース、炭素リース制度の整備
- 企業の排出権、環境汚染権、エネルギー使用権、水使用権、その他環境権制度の整備
- 国際協調
- 「一帯一路」戦略や上海協力機構、中ASEAN協力、南南協力、AIIB、BRICs開発銀行にグリーンファイナンスを適用
- 国内投資家による海外グリーンボンド購入を支援
- 海外投資家による中国国内グリーンボンド、グリーン株、他のグリーン金融商品の購入を支援
- 国際機関や海外企業の中国国内でのグリーンボンド発行を支援
グリーン政策に向けての中国政府の戦略と本気度
グリーンファイナンスに関する中国の本気度。日本では従来、PM2.5など中国については環境被害に関する報道が多く、中国が積極的にグリーンファイナンスや環境政策を先導していることに違和感を感じる方が少なくないかもしれません。確かに中国は日本や他の先進国と比べ、環境規制が緩かったり、環境に関する取締が徹底されていなかったり、政府の腐敗による不正が横行していたりと、改善の余地は山ほどあります。しかし中国は今、膨大な投資需要と世界一二を誇る資金力を背景に、この環境という分野を経済的な武器に変えようとしています。
第13次5カ年計画で謳われる「生態文明」と「美麗中国」
中国にとって国家戦略を定めた最も重要な文書である「5カ年計画」。今年から始まった「第13次5カ年計画」文書には、国家発展の理念として「生態文明」「美麗中国」が掲げられています。生態文明とは日本語で言うと「エコ文明」。「美麗中国」とはそのまま「美しい中国」という意味です。従来の中国は、環境や社会への影響を軽視し経済発展を至上命題として突き進んできたと言っても過言ではありません。しかし経済発展の失速が顕著となった今、中国政府は緩やかになった経済発展を「新常態(ニューノーマル)」として捉え、悪い事態ではなく新たな「通常」の状態であると受け止めています。そしてこれまであまり優先してこなかった環境や社会という側面を国家戦略として重視していく姿勢を鮮明にしています。
減少する中国の石炭火力発電
この中国の環境政策の本気度を示す一例が石炭政策です。石炭はエネルギー源の中でも最も温室効果ガスを排出し大気汚染も引き起こすことため、エネルギー源として特に問題視されている原料です。中国のPM2.5の発生源もこの石炭燃焼からだと言われています。近年、中国はこの石炭の生産と消費を大幅に減らしてきています。
(出所)JOGMEC「中国における脱石炭の動きと 石炭需給及び石炭輸出入動向調査」
上の図は中国の電源別発電電力量の推移を表しています。中国は経済発展を続けながらも2015年には発電総量が減少に転じました。特に減っているのが火力発電です。一方で原子力発電と再生可能エネルギーを含めた「その他」は伸びています。ちなみに中国の火力発電はほとんどが石炭をエネルギー源としています。
(出所)JOGMEC「中国における脱石炭の動きと 石炭需給及び石炭輸出入動向調査」
こちらの図からは、中国が石炭の生産と消費を双方ともに減らしていることがわかります。石炭の生産も消費もピークは2013年で、その後2015年まで継続して減っています。
(出所)JOGMEC「中国における脱石炭の動きと 石炭需給及び石炭輸出入動向調査」
こちらからは中国が石炭輸入も減らしていることがわかります。中国は世界1位の石炭生産国でありながら、世界1位の石炭輸入国でもあります。それだけ国内での石炭需要が多い国だと言えます。しかしその輸入量も2013年をピークに年々減っています。昨年2015年は前年より30%も少なくなっています。
もちろん上記の統計を100%鵜呑みにできないという声もあります。重いプレッシャーをかけられている中国の政治家や官僚は、自身の成績をかさ上げするため、不正統計を発表するということが日常的になっています。石炭減少を示すデータにも、石炭を減らすようにとの中央政府の大きなプレッシャーから不正がないとも言い切れません。しかしそれでも、かくの如く中央政府は石炭減少に躍起になっていることは伝わってきますし、国全体として環境に配慮をしない行動が抑制される雰囲気になっていることが見てとれます。
グリーンファイナンスという戦略的な投資呼び込み戦略
新常態に突入した中国は、現在非常に難しい国政の舵取りを迫られています。気候変動や環境汚染の抑制のために必要な膨大な資金需要。一方で、中国の金融当局は過去数年間に加熱した経済投資を沈静化させるため不良債権の処理と銀行の貸出抑制を必死に進めようとしています。今の中国は環境投資需要がありつつも中国の国内マネーを十分に活用できないというジレンマに陥っています。そこで中国政府が着目しているのが、グリーンファイナンスという名での海外からの投資呼び込みです。世界的にグリーンファイナンスという仕組みが回り始めれば、資金が大量に投じられるのは経済大国中国です。再生可能エネルギー、汚染防止設備、省エネ設備、緑化プロジェクトなど、中国には技術開発とプロジェクト案件が顕在化しており、潜在需要も非常に多くあります。この案件の実現のために海外から資金を呼び込もうと、中国政府は、G20杭州サミットに合わせ「G20グリーンファイナンス総合レポート」を作成し、中国政府としても「グリーンファイナンスシステム構築のためのガイドライン」を公表するというグリーンファイナンス推しの展開を見せています。
この動きは中国が推進する他のプロジェクトとも連携しています。日本では評判の悪いアジアインフラ投資銀行(AIIB)や、BRICS新開発銀行も、中国が海外投資を中国に呼び込むために機能しています。もちろん、これらの中国主導新開発銀行は中国以外の市場も投資対象にしています。しかし、新興国市場の中でも一際存在感の大きいのが中国市場。新興国全体に資金が流入するようになれば、自ずと中国にたくさんの資金が入ってきます。「グリーンファイナンスシステム構築のためのガイドライン」の中にもAIIBやBRICS新開発銀行にグリーンファイナンスを反映させていくとはっきりと記されているように、世界的なグリーンファイナンスの推進と中国主導新開発銀行の動きは連動しています。
中国が主導するグリーンファイナンス
G20杭州サミットで見せた中国のグリーンファイナンスへの意気込み。そこには世界的なグリーンファイナンスへの関心を中国の事情と結びつけていく中国の強かさがあります。もちろん世界的なグリーンファイナンスの潮流を中国だけで築いていくことは不可能です。G20首脳声明でも示されているように、グリーンファイナンスの主役は民間の金融機関や投資家。中国の国内銀行は資金力はありますが、銀行としてのノウハウや信用度はまだ欧米の金融機関には及びません。今後グリーンファイナンスに大きな影響を及ぼしていくのはきっと欧米の金融機関でしょう。しかしこの欧米の金融機関も、グリーンファイナンスを強く意識する中国政府に魅せられ急速に接近していくはずです。AIIBやBRICS新開発銀行にもすでに多くの欧米の金融機関が関心を寄せています。これまで環境後進国と呼ばれてきた中国。G20杭州サミットの前後から、環境政策の注目の地へと急激な飛躍を遂げています。
【参考ページ】外務省「G20杭州サミット首脳コミュニケ」
【参考ページ】G20 Green Finance Synthesis Report(G20グリーンファイナンス総合レポート)
【参考ページ】Guidelines for Establishing the Green Financial System(グリーンファイナンスシステム構築のためのガイドライン)
【参考ページ】中国人民银行 财政部 发展改革委 环境保护部 银监会 证监会 保监会关于构建绿色金融体系的指导意见
【参考ページ】中华人民共和国国民经济和社会发展 第十三个五年规划纲要
【参考ページ】JOGMEC「中国における脱石炭の動きと 石炭需給及び石炭輸出入動向調査」
夫馬 賢治
株式会社ニューラル サステナビリティ研究所所長