原油価格。その変動は世界経済に大きな影響を与えると言われています。では原油価格は一体どのように決まるのでしょうか。経済学の原理に基づけば、原油価格も需要と供給の状況によって決定されます。原油需要が増えれば価格は上がり、供給が増えれば価格は下がります。原油需要の変動には、世界経済の好不況、気温、経済発展などが関係しています。供給に関しては産油国の産油量調節が原油価格に影響を与えるとニュースなどでも報道されています。しかし供給サイドにはもっと複雑な事情があります。原油と一言で言っても、世界には様々な種類の原油があり、それぞれ取引価格が異なっているのです。
産油コストについても産油地によって大きく異なります。中東の原油と北米のシェールオイルではコストは数倍も異なっています。今回は原油価格と産油コストの状況についてみていきます。
本題に入る前に、石油と原油の違いを説明しておきます。「原油」という言葉から、石油の原型が「原油」だと思ってしまうかもしれませんが、石油から原油は作られます。地中や海底に埋まっているものは石油(OilまたはPetroleum)です。油田で汲み上げられた石油には、水分、ガスなどの異物がたくさん混ざっています。その異物を取り除いたものが原油(Crude oil)です。この原油を精製して、ガソリン、重油、灯油、ナフサなどが製造されていきます。実際には石油と原油は非常に曖昧に使われています。ですので、原油貯蔵量と言ったり、石油貯蔵量と言ったり、用法が統一されてはいません。
供給者サイドの状況
産油国も国際原油資本も産油から利益をあげなければなりません。国際石油資本は営利企業としてリターンを投資家に返さなければいけませんし、産油国は産油からの利益が国家予算にとっての重要な歳入源となっているからです。利益を上げるためには、原油売上と産油コストを把握し、損益分岐点を意識しなければなりません。
原油売上の計算式は「産油量」×「原油価格」。そのうち供給者がコントロールできるのは産油量のみで、原油価格は今や市場メカニズムで決定されてしまいます。原油市場間に価格差がある場合には裁定取引が発生し価格差は縮小しますし、原油購入者もより安い原油を求めて移りますので、原油価格は世界的に連動するようになっており、産油側がコントロールできなくなっているためです。そのため供給者は原油価格の動向を注視しなければならなりません。
コストの状況はどうでしょうか。産油コストには様々なものが含まれます。石油探査、採掘、プラント建設、修繕、オペレーションなどは全て産油コストに含まれます。さらに広義の産油コストには油田から主要取引所までの輸送コストも含まれます。原油価格が単位当たり産油コストを上回っていれば利益を上げることができますが、逆であれば損益分岐点を下回り利益が出なくなります。利益が出なければ石油企業には倒産リスクが生まれますし、産油国は財政破綻リスクが生じます。供給者にとってはコストも非常に重要な数値です。
原油価格
原油価格と原油品質
原油と一言で言っても実際には様々な品質のものがあります。その品質は原油の成分によって決まります。原油の成分は、炭化水素の混合物が大半を占めていますが、硫黄化合物、窒素化合物、金属類も含んでいます。その中で原油の品質で重要な尺度が「密度」と「硫黄含有量」です。
まずは原油の密度。密度の計算には「API比重(API gravity)」という単位が一般的に用いられています。ちなみにAPIとはAmerican Petroleum Institute(米国石油協会)のことです。API比重が軽いものを「軽質油(Light crude)」、重いものを「重質油(Heavy Crude)」と呼びます。そして、軽質油のほうが価格が高くなります。それは、原油からの精製品の中でも需要の大きいガソリンや軽油(ディーゼル車の燃料)は軽質な原油と形状が近く、軽質油のほうがガソリンや軽油に精製加工するコストが低いためです。通常API比重が30より小さいものは「重質油」、34より大きいいものは「軽質油」、その間のものは「中質油」と呼ばれています。
続いて原油の硫黄含有量。硫黄化合物は、石油製品にとっての異物であり環境汚染物質であるため最終製品生成までの除去コストや加工コストが高くつきます。そのため硫黄含有量の多い原油は価格が低くなります。硫黄化合物を1%以上含む原油は「高硫黄原油(Sour crude)」、0.5%未満のものは「低硫黄原油(Sweet crude)」と呼ばれています。
その結果、軽質低硫黄原油(Light and Sweet)は価格が高く、重質高硫黄原油(Heavy and Sour)は価格が低くなります。
(出所)EIA
上図は主要な産油地と原油品質を表しています。世界原油価格の指標として特に重要なのは、◆が少し大きくなっている4ヶ所、米国WTI、北海Brent(ブレント)、ドバイ、オマーンです。詳細は後ほど説明しますが、ここでおさえておきたい点は、米国WTIや北海ブレントはLightでSweetな原油であるのに対し、ドバイはややHeavyでSourな原油、オマーンはLightですがSourな原油であるということです。すなわち、最もLightでSweetな米国WTIが最も高い価格がつき、次いで北海ブレント、そしてドバイ・オマーンの順となるのが原油価格の基本的な動向です。
指標原油
ではここで、WTI価格、ブレント価格、ドバイ価格など、よく聞くキーワードをおさえていきます。WTI価格、ブレント価格、ドバイ価格はいずれも、現在の世界の原油価格を決定する代表的な「指標原油(マーカー原油)」の価格です。WTIは北米、ブレントは北海油田、ドバイ原油はドバイの原油です。ここでひとつの謎が生まれます。なぜ原油大国のサウジアラビアやロシアが入らず、比較的産油量の少ない北海やドバイが選ばれているでしょうか。
この内容を理解するためには「スポット価格」と「ターム価格」という言葉を理解する必要があります。スポット価格とは原油の売買契約の度に当事者間で決定される価格。一方ターム価格は6ヶ月や1年という長期的な売買契約のもとで決定される固定価格です。ちなみに日本が輸入している原油のうち8割が長期契約での「ターム価格」で取引されていると言われています。このうち変動する市場価格を算出するのに適しているのは、その時々の需給の実勢を反映するスポット価格です。
原油取引は、当初は長期契約が主流であったため、スポット取引の歴史は浅く1980年代頃から活発になってきました。1980年代当時、スポット取引の重要拠点であり指標原油となったのは、産油量の豊富なサウジアラビアのアラビアンライト原油(AL)と英国領北海のフォーティーズ原油(Forties)でした。アラビアンライト石油は1980年代にサウジアラビア政府がスポット取引を制限しターム契約を柱に据えてから指標原油としての地位を失い、全量をスポット取引で扱っていたドバイ原油が代わって指標原油となります。一方、フォーティーズ原油は産油者がBP社に限られていたため、産油者が複数社に分散しているブレント原油へと指標原油の地位が移りました。ブレント原油は近年産油量を減らしていますが、近くのニニアン原油と合流させることで産油量を確保し今でも指標原油の地位を保っています。
WTIの歴史は少し異なります。米国はニクソン政権のもとで1971年から始まる経済政策の下、国内産原油の価格統制がスタート、米国産原油は指標原油になるどころではありませんでした。しかし、レーガン政権が1981年に原油価格統制を廃止し、さらに1988年にはターム価格がスポット価格と連動する動きが始まり、米国アラスカ産のANS原油(Alaskan North Slope)が指標原油として浮上しました。その後1980年代にニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で原油先物市場が立ち上がり、WTI原油の取引数量が急増したことから、WTI原油がANS原油に代わり指標原油となりました。WTIという指標原油には今ではWT(テキサス西部)だけでなく他の州の原油価格を反映する指数にもなっており全米の原油価格を映すものとなっています。巨大な産油量・取引量を誇り、NYMEXという発達した先物市場で取引されるWTI原油価格は世界で最も重要な指標原油とも呼ばれています。
今ではターム価格もスポット価格を参考に決定されているため、原油価格において指標原油価格の意義はますます大きくなっています。
<3大指標原油>
① WTI原油
世界で最も重要な指標原油で、特に北米の指標原油となっています。WTIとはウェスト・テキサス・インターミディエイト(西部テキサス媒体物)の略。WTIはテキサス州とニューメキシコ州を中心とする複数の油田の総称でアメリカ国内産原油の6%、世界全体では1〜2%を占めるにすぎません。WTI原油の受け渡し場所はオクラホマ州のクッシング(Cushing)の貯蔵庫で行われるため、今ではクッシングにはパイプラインや鉄道網を通じて周辺各州の原油も集まってきています。
品質は世界でも有数の軽質低硫黄原油。WTI原油先物はニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で取引されています。WTI価格はこの取引価格で決定します。WTIの一日あたりの産油量は100万バレル未満と少量ですが、NYMEXでの先物取引量は一日あたり1億バレルと100倍を超え、活発な先物売買の材料となっています。産油量以上の取引受け渡しに対してはWTI原油以外の他の原油を同等品質となるよう加工ブレンドして受け渡しがなされています。またWTI原油先物は2006年からはブレント原油を扱うイギリスICEフューチャーズでも取引されています。
② ブレント原油
北海にあるブレント油田から産出される原油です。実際には英国領フォーティーズ油田、英国領エコフィスク油田、ノルウェー領オセバーグ油田の原油と混ぜて(ブレンドして)受け渡しがされています。ヨーロッパやアフリカ、中東の指標原油となっています。
品質はWTIよりやや劣るが良質の軽質低硫黄原油。ブレント原油先物はICEフューチャーズで取引されています。ブレント価格はこの取引価格で決定します。ICEフューチャーズとは米国ジョージア州に本部を置くインターコンチネンタル取引所が2001年に開設した先物取引所。それ以前にはロンドン国際石油取引所(IPE)で取引されていましたが、2001年にインターコンチネンタル取引所が同社を買収、開設に至りました。同じく2001年からはNYMEXでも取引を開始しました。
③ ドバイ原油
アラブ首長国連邦の7首長国の1つドバイで産出される原油です。ドバイ産原油は全量がスポット取引で売買され、仕向地(輸出先)の制限もないことから、重要指標原油となりました。米国ニューヨークに本社を置くマグロウヒルファイナンシャル社傘下のプラッツ社によってドバイ原油のスポット価格が計算、発表され、それがドバイ原油価格となります。ドバイ原油は産油量が多量ではないため、2015年5月まではドバイ原油の平均価格と隣のオマーン原油の平均価格を足して2で割ったものが指標原油の「ドバイ原油」として算出されていましたが、2015年6月からはドバイ原油の平均価格をもって「ドバイ原油」となりました。その背景にはオマーン原油もドバイ原油価格をもとに算出されていたことも関係しています。
品質は重質高硫黄原油。ドバイ原油先物は東京商品取引所(TOCOM)とシンガポール取引所(SGX)で取引されています。日本を含めたアジア地域の指標原油となっています。
<その他指標原油>
④ マーズ原油
新興のメキシコ湾油田から産出される原油です。マーズ原油先物はNYMEXで取引されています。品質は中東産に近い重質高硫黄原油。マーズ原油価格はここ数年で注目を集めています。背景には中東諸国の政策変更が関係しています。2010年1月、サウジアラビアやクウェートなどの中東諸国は、米国向けの原油輸出ターム契約における価格フォーミュラを見直し、これまでのWTI価格連動から、中東産に品質が近いASCI(Argus Sour Crude Index:米国メキシコ湾岸地域で取引される中質マーズ原油、ポセイドン原油およびサザン・グリーンキャニオン原油の加重平均価格)連動に変更すると発表しました。その結果、その中でも産油量の多いマーズ原油価格の動向が注視されているのです。
⑤ タピス原油
マレーシアを代表する油田、タピス油田から産出される原油です。産油量は多くはありませんが、WTIを上回る軽質低硫黄原油という世界でもトップクラスの品質を誇ります。
(出所)EIA
上図は実際の各指標原油価格の推移を示しています。多くの期間、タピス原油>WTI原油>ブレント原油>マーズ原油またはドバイ原油 の順で価格がついてきているのがわかります。ですが、2011年から2014年まではWTI原油価格がドバイ原油を下回るという異常事態が発生しました。その背景に関しては諸説ありますが、上記で解説した中東諸国が米国向け原油の価格フォーミュラでマーズ原油を採用し、米国内の原油価格に下げ圧力が働いたことが一つの要因のようです。また他の要因としては、2011年頃からシェールオイルが米国内で増産され供給が増えた結果価格が下がったこと、さらに米国が米国産原油の輸出を禁止されていることが供給過多に拍車をかけたことも指摘されています。
原油決済通貨
原油国際取引の決済は基本的には米ドル建てで行われています。しかし最近米ドル建て以外の決済が増えてきました。2015年7月中国人民銀行が中国本土の原油先物取引について表示と決済を人民元建てで行うことを決定しました。現在中国向けの原油はほぼ人民元建てとなっています。これは中国政府が進める米ドル依存からの回避の一環としての動きです。またイランは原油輸出の決済をユーロ建てで求める方針を2016年2月に発表しました。こうして国際的な原油取引の決済通貨は米ドルが独占していた状況から変化が生まれてきています。
産油コスト
地理的条件と産油コスト
原油価格が品質による価格差を持ちつつもともに上下する傾向にあるのに対し、産油コストは産油コストは油田ごとに大きく異なっています。例えばアラブ諸国の石油は地理的に産出が容易な地盤にあり、産油コストが低い。一方で、地中深くに存在するシェールオイルの採掘には水圧破砕や水平掘削などの新型設備が必要なため産油コストが高くつきます。また、海底油田などは大掛かりな海底油田プラントが必要となります。
(出所)Morgan Stanley Research
結果、上図からわかるように、産油コストは低い順から、「中東陸上油田」「大陸棚油田」「重質油油田」「ロシア陸上油田」「その他地域陸上油田(RoWはRest of the Worldの意味)」「深海底油田」「超深海底油田」「北米シェール油田」「オイルサンド」「北極油田」となっています。中東陸上油田では損益分岐点が27米ドルだと言われるのに対し、北米シェール油田は65米ドルと非常に高いということがわかります。このように中東の油田は、石油貯蔵量が豊富なだけでなく、世界で産油コストが低い地域としても知られています。昨今の原油価格の低下状況下で、中東加盟国の多いOPECが強気でいるのは、他の油田よりも産油コストが低く「粘ることができるから」だとも言われています。
地理的条件と輸送コスト
広義の産油コストには輸送コストも含まれます。例えばWTI原油はオクラホマ州クッシングが受け渡し場所となっており、各地の原油は油田からクッシングまで輸送しなければいけません。当然地理的にクッシングに近ければ輸送コストは低く、遠ければ高くなります。
(出所)The Watchers
油田から受け渡し地への輸送手段には主にパイプラインと鉄道があります。上図は北米の原油パイプラインの状況です。例えば、シェールオイルで急速に産油量を増やし全米を代表する油田のひとつとなったノースダコタ州バッケンで採掘される原油はパイプラインを通ってカナダ西部やアメリカ西部、アメリカ南部などに送られています。これから米政府の原油輸出解禁となればそこからアジアやヨーロッパに輸出される可能性も出てきます。
(出所)Oil & Gas Journal
もうひとつの輸送手段である鉄道も存在感が増してきています。原因はパイプラインの不足です。米国では急速に産油量が増えた結果パイプラインの輸送キャパシティが限界を迎え代替手段として鉄道の重要性が再考されています。特にシェールオイルは高コスト体質で原油価格の変動とともに産油量が変動したり、経営難になったりと不安定なため、固定設備としてのパイプライン設備投資にはリスクが高いと見られ鉄道網の方が使い勝手がいいということも影響を与えています。