重心から移動する世界経済
世界経済は今、欧米先進国中心だった時代から新興国が主要プレーヤーとして参加する時代へと大きく移りつつあります。2001年に投資銀行ゴールドマン・サックスのエコノミストであるジム・オニールによって提唱されたBRICs。中国、インド、ロシア、ブラジルの4ヶ国を合わせたGDP合計は、1990年の1兆6700USドルから2013年には約15兆USドルへと飛躍的に上昇しています。特に中国、インドは21世紀には新たな経済大国となるとも言われており、その市場には先進国だけでなく新興国の企業も参入を図っています。そして、「リバース・イノベーション」という用語に代表されるように、新興国企業が先進国市場に進出する状況も起きています。
この「先進国から新興国へ」という重心の移動は、CSRの世界にも及んでいます。2000年頃から普及してきたCSRやサステナビリティという潮流は、従来欧米先進国を舞台に形成されてきました。例えば、CSRやサステナビリティのフレームワークを先導してきたのは、GRI、IIRC、BSRといった欧米先進国の機関や団体です。また、企業自身の取組においても、企業NPO連携の事例においては、「企業」は欧米先進国や日本の企業を暗に指し、「NPO」は先進国発のNPOを意味していました。ところが、昨今、新興国のプレゼンス向上と歩調を合わせるように、CSRのフィールドにおいても「ローカル化」とも言えるような動きが始まっています。今回は、インド、中国、中南米に焦点を当て、現地の今をご紹介します。
インドではWorld CSR Dayがリーダーシップを発揮
長年経済発展の遅れにあえいできたインド。貧困問題や食糧難、環境破壊といった課題が多く、国際的なNGOにとって主要な活動国の一つとして数えられてきました。経済的にも外国資本の投資を受け入れ、経済発展を加速させるという努力がなされてきました。こうした背景の中で、CSRの文脈においては、インドは欧米企業によってソリューションやサポートを受ける国という位置づけがなされてきたと言えます。
この流れを大きく変えたのは、2014年1月に施行されたインドの新会社法です。インドで事業を展開している国内・海外企業に対して、インド国内で過去3年間にあげた純利益の平均の少なくとも2%以上をCSR活動に充当することが義務付けられました。付随して、CSR戦略・政策の策定、実施メカニズムやパートナーの選択、プロジェクトプランの策定、CSR活動報告など詳細ルールも法律によって企業の義務として定められました。ここでの注目は、インドの企業にもCSR義務が及んだということです。これまでインドのCSRの担い手は暗に欧米企業を指していた時代から、インドの企業自身もCSRの担い手になる時代へと変わっていったのです。
この動きにより、インドのCSRリーダーシップも変容していきます。CSRとは「欧米のスタンダードをキャッチアップすること」だったものが、「インドの企業自身が事業活動を通じて社会課題を解決していく」という考え方が芽生えてきたのです。その中で特に存在感を増しているのは、World CSR Dayという活動団体です。著名なオピニオンリーダーであり人事組織コンサルタントでもあったインド人のDr. R. L. Bhatia氏が創設し、毎年インドの主要都市で同名のWorld CSR Dayという大規模なイベントを開催しています。World CSR Dayにはインドだけでなく、南アジア諸国、中東、アフリカからも多くの企業が参加していており、地域規模での大きな影響力を持っています。
World CSR Dayイベントの目玉は、世界各国のCSRリーダーやリーディングカンパニーを招いて行うGlobal CSR Excellence & Awardsの表彰式と受賞者によるプレゼンテーションで構成されるWorld CSR Congressというセクションです。この賞の特長は、これまで先進国でも新興国でもCSRイベントであまり取り上げられてこなかった新興国のローカル企業を中心に授与されるという点にあります。過去5年間で受賞された人の出身国は133ヶ国に及ぶと言います。表彰者の選定は、世界中からの口コミによって社会変革リーダーのロングリストを作成し、その後独立審査員が評価基準に基づき受賞者を最終的に決定されています。なぜこのような賞を独自で創設することとなったのか。創設者であるBhatia氏にメールで質問したところ快く回答してくださりました。「World CSR DayやWorld CSR Congressには、社会の変革に寄与している世界のリーダー達を広く世の中に知って頂きたいという思いがあります。World CSR DayやWorld CSR Congressではセミナーやパネルディスカッションを実施していますが、そのセミナーの最後に才気あふれる人々を世界中から招待して紹介したいのです。素晴らしい功績者の方々に来ていただくことで、私たち自身の活動のベンチマークともなるのです。」とBhatia氏は語っています。
(写真)会議のテーマは、”CONNECTING MINDS, CREATING THE FUTURES!”
2015年2月にムンバイで行われた今年のWorld CSR Congressには、武田薬品工業の金田晃一コーポレート・コミュニケーション部(CSR)シニアマネジャーが参加し、Global CSR Excellence & Leadership Awardを日本企業として初受賞、また50 Most Talented CSR Leadersに日本人として初めて選ばれました。 金田氏は参加の理由について、「新興国で事業展開するにあたり、その地域特有のCSRを理解することが重要であり、当社のCSR活動のどの点が評価されているのかを学びたいと考えた。また、今後は、新興国で発足したCSR推進団体が世界のCSRの一翼を担い始めるため、団体との関係構築は必須となる」と語ってくれました。また、会議については、「タタなどインドを代表する企業はもちろん、アラブ首長国連邦、ボツワナ、ナイジェリアなど、アジア、中近東、アフリカから政府・NGO・企業が集まり熱気を帯びていた。欧米のCSR会議が『企業のベストプラクティス』の共有を通じてCSRを推進するのに比べ、この会議は、それに加えて、表彰を受けた『一人ひとりの人間が考え、実践してきたこと』の共有についてもCSR推進の原動力にしているようだった」と感想を述べています。他の受賞企業には、Reliance、タタ・パワー、HDFC銀行、マヒンドラ・マヒンドラ、L&Tグループなどインドを代表する大企業の他、Ericsson India、KPMG Indiaなどインドの外資企業の他、カタールのVodafone Qatar、ガーナのOmega Schoolsなどがあり、インドを超えて世界的な求心力を持とうとしている姿を窺い知ることができます。
政府主導で急速に進展する中国のCSR
BRICsの中でも経済成長が目覚ましい中国。1980年代の鄧小平改革以降、経済は市場経済体制へと移行していますが、社会的なリーダーシップは共産党が牽引するという制度が維持されています。CSRリーダーシップもやはり共産党や政府主導で推進されている点が中国の特徴です。
その中国においてとりわけCSR分野で求心力を持っている機関が、国務院(内閣に相当)直属機関である中国社会科学院の企業社会責任研究センター(企業社会責任研究中心)です。同センターは、中国国内最高峰のCSR研究機関であるだけでなく、中国での実質的なCSR担当政府機関の役割を果たしています。同センターが現在所管しているものとして、CSR報告書ガイドライン(企業社会責任報告編写指南)の策定、CSR報告レーティング(報告評級)の発行、CSR優良企業上位300社(国営企業100社・民間企業100社・外資企業100社)の選定と発表をまとめた政府青書(企業社会責任藍皮書)の発行、CSR報告書の現状を調査する政府白書(企業社会責任白皮書)の発行など非常に多岐に及んでいます。同センターが策定するCSR報告書ガイドラインは企業に参照義務はありませんが、中国ではGRIとともに多く参照されているガイドラインです。
(写真)新華網・陈硕
中国ではCSRの表彰制度は非常に数多くあります。企業社会責任研究センターが主催する「中国企業社会責任大賞」は特に有名ですが、他にも国営通信社である新華社が発行している経済雑誌「財経国家週刊」で発表される「中国企業社会責任傑出中小企業賞」、中国共産党の機関紙である「人民日報」で発表される「CSR中国文化賞」、民間の経済誌「第一財経週刊」で発表される「CSR創新者大賞」、同じく民間経済オンラインニュースサイト「中華網」で発表される「優秀企業社会責任報告賞」があります。さらに、国務院発展研究センターの管理下にある中国企業評価協会も「2015中国企業社会責任500強」を発行し、中国国内外のCSRリーダー500社も発表しています。このように賞が乱立している背景には、共産党中央から、政府や共産党各機関に対してCSR関連の強い号令が出ているため、各機関が競ってCSR分野での成果を出そうというインセンティブがあると言うことができます。
企業社会責任研究センターが国家直属の機関であるのに対し、企業側の組織化機関もあります。特に活動が活発な団体として、共産党が主導する中華全国工商業連合会(日本の商工会議所に相当)の環境サービス商会、国務院民生部(厚生労働省に相当)が管轄する「中国持続可能な発展商工理事会(CBCSD)」(世界規模組織であるWBCSDの下部組織)があります。こちらの面でもやはり政府主導で形成されているのが特徴です。
中国での新たな動きとしては、中国企業に海外進出を促す「走出去」(「外に出ていこう」の意味)という共産党中央の号令に絡み、国境を超えた制度創設への積極化という動きがあります。特に2015年2月に上海に採択された「自然資本未来新経済上海宣言」は、経済発展と環境保護を両立させる新たなフレームワーク作りを進めており、国内外からの大きな関心を集めています。
欧米の影響力が強い中南米のCSR
中南米はインドや中国と異なり経済自立化が遅れている地域です。中南米では植民地時代の欧米諸国からの経済的依存関係を背景に、1960年代に「従属論」というマクロ経済理論が唱えられるまでに至りました。その後、中南米諸国政府は経済自立化に向けて積極的な動きを見せた時期もありましたが、その弊害として通貨危機などに見舞われ、経済学者の間では未だに中南米は欧米資本なしでは自立できないという見方もされています。
このような経済情勢下にある中南米のCSRは、自立化の動きはあまり出てきておらず、欧米資本や欧米NGOを中心とした活動が続いています。まず、キリスト教の影響の強い中南米では、貧困層を対象とした慈善活動や欧米出身のNGO活動が多く、企業はこのようなプログラムへの参加が要望されています。また、世界有数の豊富な資源に恵まれた南米諸国は、先進国企業による資源開発が活発である一方社会的な紛争も頻発しており、先住民や環境団体が資源開発会社に対して補償や対策を求めるという構図が中南米CSRの中心テーマとして取り扱われている感があります。
その結果、中南米の現地の代表的なCSR組織の加盟団体も欧米企業が中心です。ブラジルのサンパウロに本拠地を置くInstituto Ethosは、企業のCSR活動を推進している現地のNGOですが、加盟企業は資源会社のシェル、ヴァーレ、アルコアの他、大手小売店のウォルマート、カルフールといった顔ぶれです。また、メキシコの環境NGOであるReforesta Mos Mexicoの加盟企業も同様に、コカコーラ、PwC、UPS、J.P. Morgan Merrill lynch、ウォルマート、アデコ、HSBCなど欧米資本が中心です。
新興国CSRリーダーシップによる多様性の増すサステナビリティ潮流
インドや中国でのCSRリーダーシップの現地化は何を意味するのでしょうか。これまで欧米偏重であったサステナビリティの推進者がインドや中国にも現れてくることで、新たな価値観や概念がCSRの世界にも盛り込まれていくことになります。アジアには欧米にはない社会課題があります。例えば、都市化問題。先進国では高齢化社会が課題視される一方で、新興国では都市化による公害対策や社会インフラ整備が深刻な課題となっています。従来、欧米先進国の企業が新興国の貧困地域に目を向けてきたのに対し、新興国の企業には発展著しい都市部でのソリューションに強い関心を持つところも多く、サステナビリティに向けての新たな視点が期待されています。同様のことは、自然災害対策についても言えます。地震や台風という大きな天災と向き合わなければならないアジア地域では、自然災害後の復興だけでなく、自然災害の予防も大きなテーマです。自然災害対策は従来政府が主たる担い手であったところに、企業も自らの経営資源を使って参画してきています。中国やインドでCSRリーダーシップが興隆することで、彼らの声が世界規模の会議や機関にも伝わることとなり、発想の多様性が増していきます。
インドや中国の企業にとってのサステナビリティも、すでに「寄付」や「社会貢献活動」の段階から「事業戦略と融合したサステナビリティ」の段階へと移行してきています。新興国の企業のプレゼンスが拡大していく中で、先進国の企業やNGOも新興国の企業との連携が模索する時代が間もなく来るでしょう。
夫馬 賢治
株式会社ニューラル サステナビリティ研究所所長
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