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【レポーティング】統合報告による企業情報開示の変革 〜武田薬品工業社の成功事例〜

統合思考

統合報告時代の到来

企業の財務的利益とCSRの関係が新たな時代を迎えようとしています。これまで企業戦略構築において、脇役的な存在に追いやられていたサステナビリティ・CSRの重要性が大きく増しています。この新しいうねりを作り出しているキーワードは「統合報告」です。

統合報告とは何か。その説明に入る前に、今まで語られてきた財務的利益とCSRの関係を少し振り返ってみましょう。CSRという言葉が普及し始めたのは20世紀後半。このときCSRは慈善活動として開花しました。事業活動を通じ財務的利益を得、その富を社会や環境に還元していくことがCSRである、こう語られてきました。このCSR第一世代の考え方は、「CSR=ボランティア、慈善活動、寄付、植林、途上国への学校建設」というものでした。今日の日本で一般的に認知されているCSRも、この第一世代の考え方と言えます。

20世紀末に入ると、欧米では企業不祥事や途上国での劣悪な労働環境など、以前から問題視されていた事象が国際社会から指摘を受け始めます。対応に迫られた企業は、新たな時代に突入します。これがCSR第二世代です。第二世代では、トリプルボトムラインという概念が強調されました。企業は財務的利益だけでなく、社会や環境をも考慮に入れた経営を行う必要性がある。このように叫ばれ、従来の財務報告書の作成だけでなく、社会・環境への配慮を示した「CSR報告書」「サステナビリティ報告書」を作成し始めました。この流れは欧米からアジアにも普及します。中国や韓国では国を上げてCSR報告書の作成を推進、CSR報告書の作成企業数は今まさに激増しています。欧米企業の考え方の変化を受け、日本でも多くの東証一部上場企業はこの第二世代のトレンドをキャッチアップ、「CSR報告書」という概念が浸透していきました。

そして今、さらに進化した”CSR第三世代”が到来しています。それが、事業を通じて社会課題の解決にあたるShared Valueの時代であり、それを開示の側面から推し進める動きが「統合報告(Integrated Reporting)」です。統合報告の時代は、企業経営のあり方に激変をもらしていくと言われています。第二世代までは、財務は財務、社会は社会、環境は環境と3つのものをそれぞれ単独のものとして配慮していればよかったのですが、統合報告の時代には、全てを統合させた上で企業の長期戦略を構築することが求められます。このとき、社会・環境要素は、経営の脇役的要素や配慮要素ではなく、経営戦略立案のためのコア概念のひとつとして扱われることになります。従来の概念に馴染む方々には、社会や環境が経営の中心として語られるなど空想主義だ、欺瞞だと思う方もいると思います。しかしながら、すでに世界のグローバル企業を中心とした500社が第三世代へと移行しているのも事実です。このように、財務・非財務を統合して開示するプロセスが「統合報告」、事業と社会の関連性を包括的に捉える考え方が「統合思考」と呼ばれるようになってきています。

IIRCが推進する統合報告

この統合報告という概念、普及し始めたのはつい最近です。火付け役はIIRC(国際統合報告委員会)という国際的なプロジェクトです。IIRCは2010年8月に、英国チャールズ皇太子が持続可能な社会の構築に向けて主催した会議で設立が決定。この会議に参加したメンバーは錚々たるものでした。まず、チャールズ皇太子自身が2004年に立ち上げたA4S(The Prince’s Accounting for Sustainability Project)、そしてサステナビリティ報告書のガイドラインを作成しているGRI、国連グローバル・コンパクト(UNGC)を管轄する国連機関、世界の会計士協会の総本山である国際会計士連盟(IFRS)、そして投資家、企業など。この会議の場で、国際的に合意された統合報告フレームワークを構築するための機関、IIRCが誕生。従来、各企業や各機関が散発的に検討してきた統合報告の流れが、一気に加速していきます。

IIRCはすでに無視できないほど存在感を大きくしています。同組織のトップは、GRI名誉会長のMervyn E. King氏が議長に、A4S元会長のPaul Druckman氏がCEOに就任。IIRCが統合報告スタンダードの確立に向けて覚書を締結した機関は、設立時の会議に参加していたGRI、国際会計士連盟、国連貿易開発会議(UNCTAD)、さらには米国でサステナビリティ報告のあり方を検討してきたサステナビリティ会計基準評議会(SASB)、国際的な気候変動情報開示ルールの策定のために世界経済フォーラムで設立されたCDSB、企業二酸化炭素排出量に関する世界的な格付け機関であるCDP、知的資本の情報開示スタンダードの設立を目指す世界知的資本イニシアティブ(WICI)、企業の環境マネジメントシステムスタンダードを構築するために国連地球サミットで設立された持続可能な開発のための経済人会議(WBCSD)等。また、証券監督者国際機関(IOSCO)、国際会計基準審議会(IASB)、米国財務会計基準審議会(FASB)、主要証券取引所も会議に参加。企業情報を「統合」されるための舞台がここに整いました。

2011年、IIRCは統合報告のフレームワークを検討するためのパイロットプログラムを開始します。パイロットプログラムには企業規模を問わず統合報告に関心の高い事業会社100社以上、さらには国連責任投資原則(UNPRI)との連携のもと投資家機関や投資銀行30社以上も参加、日本からは武田薬品工業、昭和電機、フロイント産業、新日本監査法人が事業会社チーム(Business Network)に、ニッセイアセットマネジメントとバリュークリエイトが投資家チーム(Investor Network)に参画しました。そして、パイロットプログラム内での数々の議論を経て、2013年12月、「国際統合報告フレームワーク」が完成しました。

統合報告が求めているもの

IIRCが策定した「国際統合報告フレームワーク」は英語が原文ですが、日本語を含めた8カ国で公式訳本が出ています。そして、このフレームワークに基づく統合報告を示すときには、”<IR>”という記号が使われています。

では、<IR>によって今後、何が変わるのでしょうか。<IR>で定められている報告フレームワークは、膨大な報告書を追加で作成しなさいということではありません。むしろ、<IR>は、簡潔な戦略報告を求めています。報告書に書く内容としては、財務資本、社会資本、知的資本、人的資本、環境資本など全てを考慮した上で、?組織概要と外部環境、?ガバナンス、?機会とリスク、?戦略と資源配分、?ビジネスモデル、?実績、?将来の見通しの7項目を明記するというものです(詳細については、「国際統合報告フレームワーク」を御覧ください)。繰り返しになりますが、<IR>は上記の7項目だけを記した報告書を新たに新規で発行しなさいということではありません。従来のように、財務情報は財務報告書、社会・環境情報はサステナビリティ報告書と分断していたものを、統合報告書としてストーリーが結合された情報開示・報告を作成しなさいとだけ言っています。

統合報告をどのように進めるのか 〜武田薬品工業の事例〜

財務情報と非財務情報を統合した戦略報告を簡潔に行う。<IR>が求めている考え方は非常にシンプルです。しかしながら、企業が<IR>の概念を導入することには様々な困難が伴います。2006年から統合報告書を作成し、IIRCのパイロットプログラムにも参画している武田薬品工業の金田晃一コーポレート・コミュニケーション部シニアマネジャーは同社の統合報告書の変遷について「長年の試行錯誤を経て、現在のような統合報告書に至ることができた」と述懐します。同社が財務情報と非財務情報の統合に乗り出したのは2006年、日本企業の中でも統合報告書作成の先駆けでした。「2006年時点のものは、実際には統合報告書と呼べるものではありませんでした。前年まで発行してきた財務報告書とCSR報告書を単に一冊にまとめようというもので、統合報告書というより、”合冊”報告書に近いものでした。その後、財務情報と非財務情報をより統合的に記述していこうという課題意識を持ち、現在の統合報告書に至っています。」金田氏はこう語ります。IIRCの実際の議論の中でも、何を統合と呼ぶかについて議論が行われました。その際にも、財務報告書と非財務報告書を一冊にまとめただけのものは「合冊報告書(Combined Report)」であり、「統合報告書(Integrated Report)」ではないと明確に区別されました。

金田氏は「統合報告を行い、統合報告書を制作する上で重要な点は『統合思考』を理解することです。人口動態や気候の変化などが経営に大きな影響を与える製薬業界は、『企業は社会の一部であり、両者は相互に影響しあう関係にある』という考え方を体感し易い面があり、弊社にも、もともと統合思考の土壌がありました。」と言います。<IR>では「統合思考」という用語を、「組織が、その事業単位及び機能単位と組織が利用し影響を与える資本との関係について、能動的に考えることである。」と定義しています。財務情報、社会情報、環境情報、人的資本情報が企業内で機能的に分断処理されている中、いかにしてこれを統合、分析し、全体の戦略設定を行うか。これが統合報告を進める上での最大のポイントです。武田薬品工業はこのハードルをどのように克服したのでしょうか。「弊社はある種ラッキーな状況にありました。弊社ではもともとコーポレート・コミュニケーション部の下に、社外広報を担当するPRチーム、株主・投資家との関係構築を担当するIRチーム、社内広報を担当するERチーム、市民社会との関係構築を図りCSR活動を統括するCSRチームが集結しており、チーム間のコミュニケーションが取りやすい状況にあります。現在進行中の2014年の統合報告書の制作過程でも、デスクを横に並べる各チームが常時議論をしながら全体のストーリーや方向性を検討しています。」金田氏は同社で比較的スムーズに統合報告書の制作が進んだ理由をこのように分析しています。統合報告書の制作を進める上で欠かせない部門間の壁の打破。財務報告書とサステナビリティ報告書の担当部門が違う企業では、関連部門で構成された検討ボードを設置するなど、さらなる工夫が必要となります。武田薬品工業の統合報告書には、<IR>に関する同社の解釈や統合報告書の変遷などが記載されています。統合報告書をこれから制作しようと考えている企業にとって参考になるかもしれません。金田氏へのインタビュー後、武田薬品工業の2014年版統合報告書がリリースされました。将来の同社の企業価値の創造と保全に向けた簡潔な「戦略レポート」といった様相を呈しています。

統合報告<IR>の行方

統合報告<IR>の動きは始まったばかり。今年は国際統合報告フォーマットの発表後の統合報告<IR>元年です。日本国内でも法定報告書と統合報告の関係もまだ整理されていませんので、一部の先進的企業でアニューアルレポートの中に<IR>の要素を織り込んでいくという流れはあるものの、今年は様子見としている日本企業も少なくはないようです。今後の行方を占う上で注目は、各国の会計基準や証券取引所規則などにどのように<IR>が浸透していくかです。IIRCには、投資家向け情報開示ルールや会計基準の重要決定プレーヤーが結集しており、2013年12月の国際統合報告フレームワークの完成を受け、IIRC参加機関自身でも<IR>をどのように位置づけていくのかの議論がすでにスタートしています。このようなグローバル規模での大きな流れの変化の中、日本企業は国内情勢だけでなく、グローバル規模でのルール作りの動きにも関心を寄せていくことが求められ始めています。

文:サステナビリティ研究所所長 夫馬賢治

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