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【エネルギー】風力発電と低周波音問題 〜現状と対策〜

低周波音被害

低周波音という風力発電のデメリット

風力発電は再生可能エネルギーの中でも発電コストが低く、将来を有望視されるエネルギー源ですが、懸念材料がないわけではありません。風力発電の普及において、最大の懸案材料となりえるのが低周波音被害です。

低周波音とは
(出所)環境省「よくわかる低周波音」

低周波音とは、空気の振動によって発生するとても「低い」音です。人間の耳は、空気の振動を音として認識しており、振動の周期(周波数)が高いものを高音、周波数の低いものを低音として認識できるようになっています。今回取り上げる低周波音は、音の中でもかなり低い領域(概ね100Hz以下)のもので、人間の耳でとらえられる可聴音のものから、さらに低く人間は感知できないものまでを含んでいます。低周波そのものにも様々な種類があります。波が打ち寄せる海の音の様に癒やしの音もあれば、工事現場から発せられる音のように不快感や圧迫感を感じるものもあります。今回取り上げる風力発電は、風車という構造上どうしても、空気の動きに変化を与えます。そして、場合によってはそれが人に不快感を与えるタイプの低周波を発してしまうことがあります。それが問題となります。

円満解決が難しいトラブルの発生

日本で風力発電の低周波音問題がクローズアップされたのは、2007年のことです。愛知県で風力発電トラブルが発生した際です。同年1月に、愛知県豊橋市と田原市には各1基の風力発電機が運転を開始。その後、田原市で2名、豊橋市で26名が健康の不調を訴え、行政が乗り出す事態となりました。一般的に、低周波音の調査では、調査員が現地の低周波音を実際に耳で確認したり、測定器を使って低周波音の音域や音の強さ(デシベル)を計測します。法的紛争にまで発展した田原市と豊橋市では、環境省も腰を上げて実測を行いましたが、結果はシロ。人体に悪影響を与える種類の低周波音は発生していないという結論となりました。しかし、これで問題が解決したわけではありません。それは、低周波音の種類と人体への影響については万人が納得する基準が未だ見出されておらず、科学者の間でも見解が一致していないためです。特に、環境省の調査報告で、10Hz以下の低周波音は観測されるが、10Hz以下の低周波音は耳が感知できる音域ではないため健康被害はない(これを感覚閾値論と言います)、としたことに対して、耳が感知できないものでも人体に悪影響を及ぼしうるとする反論が登場しています。

さらに紛争の収拾を難しくするのが、風力発電と低周波音の因果関係の立証です。そもそも低周波音は空気の振動であって、その空気の振動が何によってもたらされているかという因果関係は極めて計測が難しいものです。事件の現場にも、人間社会や自然環境から空気に対する影響はたくさんあり、低周波音があったからといって、それを風力発電機が原因となっていると特定することは難しいのです。健康被害を訴える方からすると、風力発電事業者が責任逃れを主張しているようにも聞こえますし、風力発電事業者からすると言い掛かりのような気持ちも芽生え、双方の気持ちのすれ違いが発生してしまいます。

予防原則と低周波音規制

このように環境・健康被害については、科学の見解の不一致により紛争解決がスムーズにいかなくなることが往々にしてあります。但し、それでは人々が安心して暮らせません。そこで、現在、環境法の分野が採用している考え方が「予防原則」です。予防原則とは、1990年代に欧米を中心に生まれてきた新しい概念で、環境に重大かつ不可逆的な影響を及ぼす仮説上の恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、事前に規制措置とっても良いという考え方のことです。一見、当たり前のように思えますが、これが登場した時は画期的な考え方でした。通常、何か事件があった場合、裁判では立証責任が課せられ、立証を果たせなかった場合は無罪となります。また、事件で相手に対して不当に不利益を与えた場合は有罪となります。例えば、環境省が因果関係が不明なままにある環境規制を発し、実際には悪影響がなかったことが判明すると、営業妨害として環境省が裁判で敗訴し賠償責任を負わせられる可能性もあります。予防原則では、このように因果関係が不明な状況でも、実際には発生しうるかもしれない悪影響を防止するために事前に規制を課すことは、その実際の因果関係に依らず正当である、という考え方なのです。

風力発電の低周波音に対する規制は、世界各国で対応が分かれています。日本では環境省が低周波音被害に対しての対応マニュアル「低周波音問題対応の手引書」を地方自治体に配布して、事件発生時の事後対応については整備してきていますが、予防原則に立脚した低周波音対象の規制法はいまだなく、騒音規制法、振動規制法という関連法で辛うじて対応をしている状況です。相次ぐ被害の訴えに対して、弁護士会からも環境省の規制未整備に対する不作為も指摘されています。

一方で、スウェーデンやポーランドなどでは、下図にあるように、予防原則に基づく事前規制が敷かれています。法規制では、各音域(Hz)ごとにデシベル基準を設定し、それ以下に低周波音の発生を抑える義務が課されています。同様の法案の必要性について、いま諸外国でも一斉に議論がスタートしています。

低周波音に対する各国の規制基準
(出所)日本弁護士連合会「低周波音被害について医学的な調査・研究と十分な規制基準を求める意見書」

事前規制強化に反対する人の意見は、不要な規制によって風力発電の設置数が伸び悩むということをあげています。諸外国の結果は、この主張にイエスともノーとも言えるものです。予防原則措置がヨーロッパ諸国に多く、またヨーロッパには風力発電立国が多いことから、予防原則を確立することで社会の不安を払拭し風力発電が容易に増やせるとも言えそうです。但し一方で、風力発電の数が急増し被害の訴えが増えた後に、ヨーロッパで法規制が強化され、今後は伸び悩むとも言えそうです。

低周波音問題とサステナビリティ活動

予防原則の有無について議論が世界で巻き起こっている中、真に大事なことは、いかにして風力発電を社会にとっても安全性の高いものにしていくかです。そのための方法は主に2つあります。1つ目は、低周波音発生防止技術のイノベーション。風力発電が発生させる低周波音被害を少なくできればできるほど社会にとっては望ましいということに反論する人はあまりいないでしょう。課題は、低周波音発生の対策コストです。事前に予防をすればするほど、予防器具を購入したり、予防技術を開発するコストがかかります。そのコストが減少すればするほど、社会的にも経済的にも低周波音対策を行うことに合理性が生まれます。もう1つの方法は、洋上風力発電の促進です。洋上風力発電の発展も低周波音問題の新たな解決方法となりえます。洋上風力発電は、そもそも風力発電機を人間社会から離れた洋上に設置されるため、低周波音が発生された場合でも、人間社会には届きづらいというメリットがあります。また、現在、日本などが取り組んでいる浮体式洋上風力はさらに沖合に風力発電機を設置する方式でもあり、低周波音被害はより少なくすることができます。

低周波音被害が発生した後に、被害者を救済することもCSR活動として讃えられるべき活動ですが、低周波音被害そのものをなくしていく取組も同じくサステナビリティアクションとして事業会社が誇れる内容です。風力発電の低周波音発生防止のための技術開発や洋上風力発電の開発は今後求められていく取組です。このような取組は、サステナビリティ報告書や統合報告書の中で、十分にアピールできます。

文:サステナビリティ研究所所長 夫馬賢治

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