4月16日、東洋経済新報社CSRプロジェクトチームの主催で「第1回東洋経済CSRセミナー」が開催され、企業のCSR部門担当者らを中心に約90名の参加者が集まった。
東洋経済新報社では毎年独自のCSR調査を基にCSR企業総覧を発行しており、CSR企業ランキングも発表している。同社は、CSR調査が第10回目という節目を迎える今年に、新たにCSRプロジェクトをスタートした。今回のセミナーはその第1回目となる。
セミナーのテーマは「企業の社会貢献について考えよう」。当日は2部構成で、前半はCSRアジア日本代表の赤羽真紀子氏による基調講演。後半は赤羽氏に加えてCSRコンサルタントの安藤光展氏、グリー株式会社広報室CSR担当の狩野明香理氏がパネラーとして加わり、東洋経済新報社「CSR企業総覧」編集長、岸本吉浩氏によるモデレートでパネルディスカッションが行われた。
ここでは当日の内容の中でも特に印象的だった内容をいくつかご紹介する。
第1部:基調講演「企業の社会貢献活動は社会的責任なのか?」
第1部では、CSRアジアの赤羽氏が「企業の社会貢献活動は社会的責任なのか?」というテーマで講演を行った。
赤羽氏は通算10年以上に渡り様々な業種の多国籍企業のCSR担当としての経験を持ち、企業の環境対応と社会貢献事業に関しては、スターバックスコーヒージャパン、セールスフォースドットコム、日興アセットマネジメントの各社で関連部署立ち上げを手がけた経歴を持つ。
社会貢献活動はCSRなのか?
赤羽氏は、CSRアジアでは社会貢献をCSRの一部とみなしているものの、単なる慈善活動だけではCSRとは言えず、慈善活動からコミュニティ投資への転換が必要だと訴えた。また、コミュニティ投資にあたってはミレニアム開発目標などの国際的なアジェンダの解決に貢献するような活動へ取り組む重要性や、コミュニティ投資の評価の必要性について語った。
同氏によれば、2009年に日本企業のCSR報告書に「ミレニアム開発目標」という言葉が出ているかどうかを調査したところ、5%ほどの企業しか掲載していなかったとのことだ。現状のままだと海外から日本企業は国際的なアジェンダに対する興味が薄いと感じられかねないという。
また、同時に社会貢献活動ほど効果を明確に測定することが重要だとしたうえで、大事なのは活動の「インプット」「アウトプット」ではなく、その活動を通じて生まれるコミュニティへの「インパクト」や企業への「リターン」だと訴えた。実際に多国籍企業におけるコミュニティ投資においてはこれから開拓しようとする市場に対して積極的にコミュニティ投資を行い、市場のプレゼンスを高めようとする事例が多いという。
企業はコミュニティ投資など社会貢献活動に対する説明責任があり、活動の継続性と改善のためにも効果の測定は必要だと強調した。
変わりつつあるアジアのCSR主題
また、同氏はアジアにおけるCSRの問題意識の変化にも触れた。2013年のCSRアジアの調査によれば、アジアにおいては「サプライチェーンと人権」の問題が優先順位のトップとなっており、次いで「コミュニティ投資と共有価値の創造」が2位に上昇してきたという。この2項目への関心の高まりとともに、「気候変動とエネルギー問題」は優先順位を下げている。
そして、「CSRに影響を与えるのは誰か」という問いについては、2008年~2009年まではアジアにおいてCSRを先導していた「政府・政治家」がトップとなっていたが、2010年以降の調査ではNGO・市民団体がトップを維持しているという。また、3位に上がってきた「ソーシャルメディア」や6位の「従業員」の存在も無視できなくなってきていると付け加えた。
CSR担当者の悩みとその解決策
講演の後半は、実際に企業のCSR担当者として現場で苦労しながらCSRに取り組んできた赤羽氏が、自身の経験を基にして参加者に具体的なアドバイスを提供した。
「どうやって優先順位をつけたらよいか分からない」「社員がうまく巻き込めない」「うちの会社らしい活動が見つからない・社会のニーズが分からない」といったCSR担当者が抱えがちな悩みに対して、非常に具体的かつ論理的なアドバイスが提供され、参加者の共感を得ていた。
特に、多くのCSR担当者が悩んでいると思われる「社員の巻き込み」については、経営層・中間管理職層・社員層ではアプローチを変える必要があるとしたうえで、特に経営トップにCSRへの理解がない場合には社員から活動を浸透させていくボトムアップ型のアプローチが効果的だと共有した。
赤羽氏によれば、社員は、実は「社会と関わりたい」という願望を持っており、そうした社員の「向社会性」に目を向けて、まずは共感してくれそうなキーパーソンから巻き込んでいくことが有効だという。
また、優先順位の決定や自社らしい活動を見つけるための方法として、ステークホルダー・エンゲージメントの重要性も語られた。ステークホルダーの話を聞けば地域や企業にとっての課題がよく分かり、結果として取り組むべき課題のマテリアリティ分析が可能になるという。
CSR実務経験者ならではの具体的かつ分かりやすいアドバイスに、参加者は最後まで真剣に耳を傾けていた。
第2部:パネルディスカッション「社会貢献をCSRとしてどう位置づける」
第2部では、「社会貢献をCSRとしてどう位置づける」というテーマで、CSRアジアの赤羽氏に加えてCSRコンサルタントの安藤光展氏、グリー株式会社の狩野明香理氏がパネラーとして加わり、「CSR企業総覧」編集長の岸本吉浩氏によるモデレートでパネルディスカッションが行われた。ディスカッションのテーマは下記の4つ。
- 企業の社会貢献は何が問題なのか?
- どのようにテーマを選び、どのように進めているか?
- 社会貢献の企業内での展開について
- 外部との連携はどのように進めていけばよいのか?
いずれもCSR担当者が日々ぶつかる課題や悩みに直結する問いばかりだが、安藤氏は日々企業のCSR担当者の悩みを解決する外部コンサルタントとしての立場から、狩野氏は実務担当者の立場から、それぞれ非常に参考になるアドバイスを惜しみなく提供していた。
ここでは各トピックについて簡単にディスカッションの内容をご紹介しておく。
企業の社会貢献は何が問題なのか?
CSRコンサルタントの安藤氏は、企業の社会貢献における問題として「効果測定」「トップの理解」「社内浸透」の3つを挙げた。また、社内浸透が進まないのは従業員に対するメリットが提供できていないからで、従業員と「価値の目線を合わせる」こと、CSRに参加したくなる仕組み作りをすることが重要だと訴えた。
グリーの狩野氏は、社会貢献活動が目に見える利益を生まない以上、活動に対する否定的な意見を持つ人が出るのは当然だとしたうえで、それでも「事業の健全かつ安定的な継続」「愛社精神の育成」「自社のブランドイメージ向上」という3つの観点から社会貢献活動は企業にとって有効だと主張した。
また、社内からの否定的な意見に対しては、CSR担当者はそうした批判を受け止めたうえでそれをどう活動に活かしていくか、どういう形なら望ましいのかを考えてアウトプットに落としていくことが重要だと語った。
そして、赤羽氏は、CSRを推進する上で最後に重要になるのは「コミュニケーション」だと述べた。会社は色々な人間の集まりなので、色々な考えがあってしかるべきであり、そのうえで前に進むために重要なのは「コミュニケーションがとれているかどうか」だという。特にボトムアップのアプローチは有効で、経営陣(=頭)では分からないことも、ボトムの社員(=体)で感じることもあるので、ボトムから積極的にコミュニケーションを図り、社内で理解者を増やしていくことが重要だと語った。
どのようにテーマを選び、どのように進めているか?
CSR活動のテーマ選定に悩みを抱えている企業も多いと思うが、グリーの狩野氏によれば、同社では「経営理念やミッションステートメントに合致するかどうか」「経営課題のソリューションとなるかどうか」という2つの大きな視点からテーマを選定しているという。
前者については、経営理念との合致がなければ「なぜその活動をやるのか」という疑問に対する説明ができず、その意味でも本業との親和性が重要だと述べた。また後者の事例としては、社内交流、社内活性化などの経営課題を解決する手段としてのCSRプログラムが社内で評判を得ているとの事例を共有した。
狩野氏によれば、いずにれせよ最も大事なことは、その活動をやる意味について社内外に説明できるストーリーがあるかないかだという。
また、安藤氏はテーマ選定の軸として「SROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率」という考え方を紹介した。SROIは、社会貢献活動によって生まれるアウトカム(受益者の変化)を数値化する手法で、コミュニティ投資の効果測定にも共通する点がある。数値化という視点は重要であり、それが企業がCSRに取り組むメリットを理解してもらう材料になると述べた。
そして赤羽氏は、CSRのテーマ設定において、日本企業と外資企業における違いにも触れた。日本企業では社会貢献の歴史が長い場合、社会貢献のミッションステートメントが冗長な傾向にあり、それがそのまま英訳されて海外に伝わっているので、何だかよく分からないという印象を持たれているという。
一方、アメリカ企業などは自社の社会貢献ミッションを3単語などコンパクトにわかりやすく伝えているという。日本企業は冗長なミッションをもう少しコンパクトにして、広がってしまった対象領域をもう少し整理したほうがよいとアドバイスした。
また、外資系企業の日本支社の場合は、日本市場における課題は何か、ということを考えなければいけないが、その難しさについても触れられた。日本は他のアジア諸国と比較すると格差も小さく環境技術も進んでおり、行政サービスも手厚いため、取り組むべき社会課題を見つけるのが難しいという。そうした日本が持つ固有の社会的背景もテーマ選定を難しくしているのではないかという議論も出た。
社会貢献の企業内での展開について
社会貢献活動を企業の中で広げていくにあたり、グリーの狩野氏は日々心がけている点として下記3つを挙げた。
- 活動の可視化・見える化
- 経営陣の参加・理解
- 部署横断かつ個人的な関係構築
活動の可視化としては、ポスターや映像作成、SNSや広報ブログなど様々な手段で情報を発信し続けることだ大事だという。また、部署に関わらず様々な人とランチに行くなど積極的に社内コミュニケーションを図り、自分の共感者を少しずつ増やしていくことが重要だと述べた。
外部との連携はどのように進めていけばよいのか?
企業にとっては、NPOなど外部組織との連携もCSR活動を効果的に展開していくうえで重要となる。外部との連携について、CSRコンサルタントの安藤氏は、NPOと連携する際の与信調査については、設立年月日など表面的な情報ではなく代表者や事務局長など「その人自身を評価する」という姿勢が重要だとアドバイスした。
また、CSRアジアの赤羽氏は、企業がNPOと連携するのは相互補完的な関係を構築できるからであり、連携して何かに取り組んだからといってすぐに効果が出ることはあまりないので、長期的な視点で考えていくことが必要だと述べた。
総括
今回は記念すべき第1回目となる「東洋経済CSRセミナー」だったが、第1部・第2部ともに非常に濃密な情報共有が行われ、参加したCSR担当者は実務に活かせる多くの気づきを得られたのではないか。第一線で活躍するCSRコンサルタントや現場担当者からのリアルな話を聞くことができ、質疑応答においても活発な議論が交わされるなど、とても有意義な意見交換の場となっていた。
当記事では紹介しきれなかったが、当日は他にもコミュニティ投資に関する具体的なフレームワークやCSR担当者の課題別解決手法など、すぐに実務に活かせる有益な情報が数多く共有されていた。今後、同セミナーは隔月で開催していく予定とのことなので、次回の開催にも期待したい。今後の開催予定については下記ページから。
【企業サイト】東洋経済CSRセミナー・日本橋CSR研究会
【関連サイト】CSRアジア
【関連サイト】CSRのその先へ(安藤光展)
【関連サイト】グリー株式会社CSR